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片腕の救世主  作者: あに
第2章 ココン編
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第1話 『魔物と森』






王都を出発してから一日が経った。

エルフの森と呼ばれる場所に入り、ココンの里まであと半日程度、ゆっくりとしたペースで歩いても日暮れ前までには着く。


森の奥深くまで来た一行では問題が起きていた。



ガサガサ



豊富に生えている草を踏みしめて道のない場所を進む。

風景は変わらず木、木、木……蓮がジェスティアに借りた剣で邪魔な蔓を斬り、道を作っていく。

当のジェスティアはゆっくりと疲れた様子で後ろの方を歩いている。

ユーナは彼女の手を引き、時折心配そうにちらちらと見ていた。



しかし、もっと重症な人間がいた。



「うぅ……」


「師匠、大丈夫ですか?」



蓮の後ろを歩いているカザスの背にぐったりと背負われているのは雄呀だった。

いつものように元気に歩いている姿はなく、弟子であるカザスの背でだるそうにしている。


「は、話しかけるな……」


「はい。」


だらーっと垂れ下がっていた左腕でカザスの胸を叩いた。


「ジェティも、苦しかったら休むけど?」


「いや、私は大丈夫だ。ユーガのように強い魔力はないからな。」


この森に入って体の異常に最初に気づいたのは雄呀だった。

魔力がぐるぐると不安定になり、『魔力酔い』を起こしているのだ。


魔力のないカザス、ユーナ、制御の腕輪をしている蓮を除いた2人は魔力酔いでふらふらとしていた。

エルフの森は、密度の高い魔力が溢れていることで、魔力に刺激を与えてしまう。


魔力の高い人間はその分魔力が不安定になり、魔力酔いを起してしまうのだ。


ジェスティアは魔力を持つが、一般的な程度で高いわけではなく、少しふらつくだけにとどまった。


だが、雄呀は違った。

かなりの魔力を保有している雄呀はふらつくどころではなく、魔力が常に雄呀の中で逆回転をしているような感覚で、歩けなくなってしまっていた。



「(こ、これで右腕の分の魔力があったら、気ぃ失ってたな。)」


静かに、なるべく揺れないように歩くカザスの肩に頭痛のするそれをを預ける。

いつもはこの背にあるはずのシュバルツは指輪の姿になってカザスの指に嵌まっていた。


「(あー、カザスがいてよかった。)」


エルフの森がこんな森だったとは知らなかった。

そうすればもっと準備していったのに。


「でも、不思議ですね。僕も魔力あるのに。」


「お前の場合は……腕輪がある、から……」


顔を上げないままだったが、疑問の声をあげた蓮に恨めしそうな視線をやった。


「でも、ユーガさんは制御できるじゃないですか。」


まだ魔力の制御を覚えていない蓮と違って完璧にコントロールしている雄呀。


「外部、からの、制御……と、中からの……制御、は、ちげぇんだ、よ。」


話さない方がいいです、とカザスに言われ、ぐぅ、と黙る。

自分でも腕輪を作ることができたが、その時はすでに魔力酔いを起こし、繊細な魔力制御ができなくなっていた。


「な、なんかすみません。」


「てめぇは、黙って、道つくりゃ、いいんだよ!」


「師匠。」


最後の力を使ったのか、それ以降、雄呀が話すことはなかった。

道を作り続けている蓮は疲れることを知らず、ひたすら先頭を歩いた。


「っ……」


すると、突然カザスが立ち止まった。

後ろを歩いていたジェスティアとユーナもつられて止まり、先を歩いていた蓮は足音がしないことに気づき、後ろを振り向いた。


「どうしたんだい?」


「……」


「カザスさん?」


何も言わずどこかを見ているカザスから返事はない。

しかし、立ち止まってわかった。


遠くの方からズシンと大きなものが落ちる音が聞こえてくる。


小さく地面がたびたび振動していた。


「これ、地震?」


「いや……何かが戦闘している音だ。」



グァアアアアアッ




だんだんと音が近くなってくる。

それと同時に振動も大きくなり、魔物の鳴く声が聞こえてきた。。



ジェスティアは蓮から剣を奪いとり、構えた。

手を繋いでいたユーナは蓮の元に行き、怯えていた。


雄呀を背負っているカザスはそのままの体勢で様子を見ている。



ズドドドドドドッ



「来るっ!」


そう言って構えたジェスティアは蓮とユーナを木の陰に避難させた。

それと同時に目の前の木がなぎ倒され、巨大な獅子に似た二首の魔物が現れた。

雄叫びを上げながら現れたそいつは所々に擦り傷を作っていた。



S級モンスター、ツインマンティコア。

マンティコアの突然変異で、ランクは同じだが、SSランクに近い凶暴性を持つ。


そいつはジェスティア達が視界に入った瞬間立ち止まり、高い目線から見下ろしてきた。

いきなり現れた凶暴な魔物にジェスティアは目を見開いた。


「(マンティコア……っ?!しかも二首?!)」


予想外の大物に、蓮とユーナを隠しておいたことに安堵した。

ちらりと視線をカザスにやるが、マンティコアを見上げるだけで、戦闘態勢はとっていない。

しかも、この森ではうまく魔力が発動できない。


これは分が悪い。


「グルゥァアアアアアアアアアアッ!!」


「ひ、ひぃっ?!」


思わず蓮が小さく悲鳴をあげた。

ユーナと抱き合い、木の陰でこちらの様子を窺っている。


ザッ!


吠えたと同時に一番近場にいたカザスに飛びかかった。

魔物は鋭い爪で抉り殺そうとするが、人一人を抱えているとは思えない程の身のこなしでよけられ、地面を大きく裂いたただけで終わった。


ゆっくりと地面に着地したカザスと入れ替わりに、低い位置にあった魔物の目にジェスティアが斬りかかった。

しかし、それはかわされ、逆に払いのけられる。


「ぐぁっ!?」


蓮たちの隠れている木に叩きつけられたジェスティアは剣を放してしまった。

立っているのはカザスだけ。

しかし、そのカザスも雄呀を背負っていて手は出せない。



魔物が再びカザスめがけて襲ってこようとしたときだった。







なにかが背後からジャンプし、頭上に浮いた。






それは魔物に衝突し、地面に埋める勢いだった。



ズガァアアアアッン!



土ぼこりが周囲に舞い散った。


「どう……なって?」


信じられない光景が広がっている。

あの巨大な魔物が地面に叩きつけられたのだ。


砂埃が風で飛び、魔物の姿が見えてきた。


そこには魔物だけではなく、人影があり、それは巨大な武器を魔物から引き抜いている。



魔物の血なのか、武器に着いた液体を払い飛ばし、背にしまった。







「あたしから逃げようなんて、500年早いわよ。」






若い女の子の声だった。

埃が完全に消え、そこにいた人物が姿を現した。






「あれは……」







蓮がそう呟くと、魔物を倒した人間がん?と、こちらを向いた。

すると、嫌そうな顔をしてちっと舌打ちをしていた。


巨大な槍斧、ハルバートを背負ったその子は、ギルドで蓮が出会った金髪ツインテールの女の子だった。


「なんだ、あんた達だったの?」


「君は……」


「このマンティコアと戦っていたのか君か?」


ジェスティアが尋ねると、女の子はまぁね、と答え、魔物の上からどいた。

槍斧を引きずり、ジェスティアの前に来る。


「あれはあたしの獲物だったの。巻き込んだことは謝るけど。」


「(と、いいながらも、悪いと思ってはなさそう……)」


「じゃあ、依頼?」


「そうよ。」


「(な、なんで僕には冷たいんだろう)」


そっけなく答える女の子に苦笑いを浮かべた。

あはは、と魔物に視線をやる。





「後ろ!!」





ズガァアアアアアアアアン!!



魔物はいつの間にか復活しており、自分を埋めた女の子に向かって巨大な手て振り下ろしていた。

ギリギリのところで避け、再び振り下ろしてきた腕を槍斧で受け止めた。


「ちっ、しとめきれなかったか。」


手を振り払い、後方に飛び退いた。


「完全にキレちゃって……めんどくさ。」


女の子は槍斧を構え、魔物と睨みあう。





が、それはすぐに終わりを告げることになる。









「てめぇらぁ…………」








カザスの背後から地を這うような、呪いをかけるような声が、割り込んだ。


「ゆ、ユーガさん!」


「師匠。」


さっきまでダウンしていた雄呀がカザスに身を預けたまま、顔を上げる。


「「「「ひぃっ?!」」」」


雄呀を知らない女の子までその恐ろしいまでの表情に後ずさりをした。

魔物はカザスと雄呀の方を向き、威嚇をしている。


「さっきからぁ……」



雄呀が魔物に向かって腕を上げる。

森がざわつき、強力な魔力が集まっていくのを魔力を持つジェスティは感じた。


ゴゴゴゴゴゴッ



魔物もその異常に気付いたのか、や、やばいと言ったような表情を浮かべ、一歩後ずさる。

他の人間が見たら異様な光景だろう。


人に負ぶさっている人間に魔物……しかもS級モンスターが怯えているのだ。





次の瞬間、魔物の足もとに巨大な魔法陣が出現した。





黄色く光るそれはバチバチとあふれる余計な魔力を出している。





「人が寝てる横で……」









「うるせぇんだよボケぇええええええええっ!!!」












バリバリバリ…ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!











魔法陣から放たれた巨大な稲妻が魔物を喰らい尽くした。

轟音とともに魔物は真っ黒に焼け焦げ、口を開けたまま地面に巨体を横にした。


「す、すご……」


「嘘、この森で人間が魔法を?あんな、一瞬で?!」


一瞬にして絶命したそれを見ていたカザス以外の全員が言葉を失い、雄呀の方を見た。



が、すでに怒りをぶつけるついでに魔力酔いが悪化した雄呀は完全に気を失っていた。

カザスはそんな雄呀を背負い直し、垂れ下がっている腕の位置も安定する方に移動させた。


「え、えっと……ユーガさん、大丈夫ですか?」


「これは……悪いことをしてしまったか。」


「うー?」


「なんなのよ……今の魔法。」


「……」


気絶した雄呀は完全に目をまわしていて、カザスは心配そうに眼をやるが、すぐに視線を蓮たちに戻した。

とりあえず、安心したのか蓮とユーナが近付いてくる。


ユーナは心配そうにしているが、蓮が頭をなでてやる。


その風景を見ていた女の子は槍斧を背負い、カザス達の方に歩いてきた。



「こ、こほん!とりあえず、礼を言うわ。まだまだね、あたしも。」


それだけの槍斧を片手で振り回してるだけでもすごいと思うが、と蓮は心の中で思った。


「それにしても、この森であんな強力な魔法を使える人間がいたなんて……」


信じられない。

気絶中の雄呀を見たが、カザスが庇うように動いた。


「で、そんな魔力酔いしてる人間連れて、何してるの?」


「ココンに向かっているところだ。」


ジェスティアが答えると、女の子はふーんと不機嫌な声色で言った。


「そういえば、ギルドにいたわね。そっちも依頼?」


「うん。……あ、僕はレン。」


そういえば自己紹介を忘れていたのを思い出した。


「私はジェスティアだ。ジェティとよんでくれ。この子はユーナだ。」


「この人はカザスさん、と気絶してるのがユーガさん。」


「あたしはリィリィ。ギルドランクはA。」


強いとは思っていたが、Aランクはすごい。と、蓮は思った。

なったばかりだが、こういう世界ではそういうものだ。


「じゃあ、あたしは行くから。」


用も終わったし。


「あ、そっか。」


依頼が終わったため、狩猟対象から証明する部分をはぎ取り、ギルドに持っていかなければならない。

リィリィは魔物に近づき、収集箇所を探し始めた。


真っ黒焦げになったマンティコアの牙を叩き折り、縄でつないだ。

大きすぎるそれを彼女は槍斧と同じく引きずって行くのだろう。


「もう、会うこともないと思うけど。」


長い髪を揺らし、ずずずと牙を引きずる。

小さいけれど、なんとも勇ましい姿だろう。


「はぁ……」


彼女が去って、蓮はため息をついた。


「大丈夫かい?」


「なんか、緊張が一気に……あんなのがいるんですね。」


「……」


あんなことがあってもうろたえず、常に無表情だったカザスを見て、再びため息をついた。

ジェスティアも戦うために前に出たのに、自分は何もできなかった。


「さぁ、早くココンへ急ごう。」


「うー。」


「そうだね、雄呀さんがかわいそうだし、ジェティもきついでしょ?」


隠しているつもりだろうが、少し顔色が悪い。

魔物が現れた時は緊張で忘れていたのだろうが、ぶり返したのだ。


「正直、ね。」


「カザスさんも、疲れたら、僕が……」


代わります、と言おうとしたが、ギロっと睨まれた気がして、それ以上は言わなかった。



再びジェスティアに剣を狩り、先頭を歩く。


今度はカザスが一番後ろを歩くことになり、蓮はジェスティアの様子を見ながら道を作っていった。





ココンまで、あと少しだった。








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