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片腕の救世主  作者: あに
第1章 逃亡編
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第12話『首と右腕』








―王都街貴族館―



王都の貴族が住む屋敷が点々と並ぶそこを、ひとまとめで貴族館と呼んでいた。

上級貴族から下級貴族までがいるそこはどこよりも整備され、綺麗な通りを保っている。


綺麗な身だしなみをした貴族たちやその使用人などが歩いている貴族館の道を、この場にふさわしくないマントをかぶっている人間が、迷わずにしっかりとした足取りで一つの屋敷に入っていった。


扉の前に来ると警備兵が立っており、顔を知っていたのか要件を知っているようですぐに扉を開けた。


屋敷に入れば、無駄に豪華な内装が広がり、それすら目に入らぬ様子でまっすぐに目的の部屋にノックもなしに足蹴で強引にあけた。



バキッ


バコンッ!


枠から外れた扉は穴が空き室内に向かって倒れた。


部屋の中にいた貴族の男はそれを見て憤慨している。

しかし、それを無視して、座っている男の顎を掴み顔を寄せる。


「奴隷は死んじまってたぜ?」


「ななな、なんだとぉ?!あれは父上からもらった奴隷なのに!」


「ほら、さっさと金出せ金。奴隷を探すってのはやってやったんだからよ。」


剣をちらつかせ、貴族の男に言うと、懐から小さな音を聞き取った。

胸元に手を差し込み何かを掴み出した。


「ちゃんとあんじゃねぇかよぉ。へっ……まいどぉ。」


銀貨が入っている袋をそれごと懐にしまい、顎を放す。

貴族の男はまだ脅しが効いているのか、一言も話そうとしない。


もう用済みだと言わんばかりにマントを翻し、窓の方へ向かう。

そして、手すりに飛び乗ると音も立てずにそこから飛んだ。






貴族館の敷地を囲むようにして建てられている塀の上に着地し、商い通りの方角を見る。






「また、会いたいもんだねぇ……」








大きな風が吹き、マントがたなびくと同時に彼の姿は消えた。






――――――――――――――――――――――――










小さな宿の奥の部屋、そこには5人の人影があった。





ベッドに座らせた女の子の腕を優しくとり、細部まで見る。

隣に立っていたカザスに目で合図し、代わりに彼女の腕を持たせる。

雄呀は人差し指で彼女に嵌められている腕輪の魔法陣をそっと撫でた。


すると腕輪はそっと彼女の手を滑り抜け、床にカランと音を立てて落ちた。


女の子は腕輪の取れた手を見て驚いている。


「どうだ?声は出るか?」


「ぁ……う……」


まるで生まれた赤子のように言葉を発する。

だが、話すというレベルまではないようだ。


「たぶん話し方を知らないんだろうな。小さい頃からずっとこれされてたんだろ。」


外れた腕輪は雄呀の手の中にあり、それを忌々しげに見た後、袋にしまわれる。


彼らの後ろの向かいのベッドには、傷の手当をされている蓮と看病しているジェスティアがいた。

ぼろぼろの蓮が部屋に来た時、ジェスティアは起きていて、血相を変えて蓮を抱きしめた。


『なにかあったのか?!』


蓮と一緒に来た雄呀たちに何かされたのかと詰め寄られたが、助けてもらったと話すと納得できないような顔をしつつも手当てが先だ、と置いておいてくれた。

今は眠っていて、傷もここに来る前に少々治癒しておいたためか、大きな怪我は見当たらない。


「お前、名前は?」


「ぅなぁ。」


「うな?」


ふるふる


「ぃぅな。」


「いうな?」


「ユーナではないのか?」


背を向けるようにして座っていたジェスティアは女の子の方を見てそう言った。

そうなのか?と聞くと、縦にぶんぶんと首を振った。


「ユーナ、ね。」


女の子、ユーナは名前を呼ばれて嬉しそうに足をバタバタさせた。

解放されたことにかなり喜んでいる様子で、ぅーやらあーやらと足をバタバタさせている。


「んっ……」


「レンっ!」


「あれ……じぇてぃ?」


蓮が起きたことでユーナはベッドから飛び降り、蓮が寝ているベッドに飛びつく。


「ぁー!」


「君は……」


「起きたか、タンコブ小僧。」


上半身を起こし、飛びついてくるユーナを抱き止める。

上から雄呀の声が降ってきて、びっくりして思わず謝った。


「あやまんな。」


「カザスさんも、ありがとうございます。」


無表情な彼が小さく目を細めたのを見て蓮は彼の怖いイメージが薄れていくのを感じた。




「それで。」



「あ……じぇ、ジェティ……」


ベッド脇の椅子に座り腕を組んでいるジェスティアは背後にどす黒いオーラを纏って蓮を見ている。


「どういうことか、教えてもらおうではないか。」


「は、はひ……」







ことのいきさつを搔い摘んで話すと、ジェスティアはすまない、と頭を下げた。


「ジェティが謝ることじゃないよ!」


「いや、君から目を離した私の責任だ。」


「僕が勝手に迷子になっただけだから。」


どんどん2人の謝り合戦になっていき、蚊帳の外な雄呀はカザスにユーナを任せた。

2人のヒートアップする口論に待ったをかけた。


「今回はこのたんこぶ小僧のせいだ。お前も騎士なら、叱ることも覚えろ。」


「そ、それは……」


それと、と頭を軽くかき、ジェスティアを見た。


「お前はあいつらと一緒に飯でも食って来い。俺はこいつと話がある。」


「しかしっ!」


「ジェティ、僕は大丈夫だから。」


蓮が落ち着かせるとジェスティアは眉を下げ、立ちあがった。

心配そうに見ながらカザスとユーナが待っているドアの外に出た。


2人きりになった部屋で、雄呀はジェスティアが座っていた椅子に座る。

外套は脱いで壁に掛けてある。


蓮は静かな空気に耐えられず、視線をうろつかせると彼の力のない右袖に気がついた。

雄呀はそんな蓮の視線の先に「ああ」と左手で右肩の部分を握りしめる。


それは肩から先がぱったりと存在していないことを知らせていた。


「それ……」


「俺も、この世界に来てからいろいろあってな。」


これでも元救世主様ですから、と笑いながら言った。

その笑顔を見て蓮は苦しそうな表情を浮かべる。


この世界に来てから何かが狂って行くような気がした。


「僕も……僕も、救世主ってやつにならなきゃいけないんでしょうか……?」



戦っている時に感じた、この身に起きた異常。

対峙した相手と拳を交える度に体中に何かが溢れてく感覚。



(怖かった……)


何度も逃げたくなって、睨みつけられる度に吐きそうになった。

女の子を守らなきゃと思って、必死だったけど……

今思うと手足ががくがくと震えていく。


これがこの世界に召喚され、救世主となる為に備え付けられた力なのか?


「僕……」


自分の両手を見て、眼の奥から熱が溢れてくる。


「こんなっ、僕に、どうしろっていうんだよ!あんな、化け物みたいな人たちと戦えってこと?!」


「お前はどうしたい?」


興奮している蓮とは別に、冷静に彼を見ている雄呀。


「ユーガさんは強い、僕はユーガさんみたいにはなれないよ……」


救世主になって、戦争を止めて……

いろんな人を助けられる。


この理不尽な世界で生きている。




「お前はいいよ。」




ふと、1オクターブ低くなった声。

先のない肩を握りしめ、同じ漆黒の瞳を蓮に向けている。


「10年前、俺も召喚された。お前とおんなじように。でも、一つだけ違うことがあった。」


雄呀は握っていた腕を放し、膝に肘をついて手に顎を乗せる格好をした。


「俺が来たとき、すでに戦争の中だった。」


他人事のように淡々と話す。

その目はどこか遠くを見ていた。


「お前みたいに喜ばれる前に間者ってやつに襲われてそいつを殺した。」


それが、初めての人殺し。



それからずっと周りに流されるように戦わされた。

戦う度に戦う術と力をつけていって、その分たくさんの人間を殺した。



「お前、俺が戦争を終わらせたって聞いたか?」


「はい……」


お姉さん……王女や鍛冶屋のおじさんから聞いた。

おじさんは英雄が敵の大将を自分の腕を斬られながらも、殺したことで国に平穏をもたらした、と言っていた。


「その腕は、その時に?」


「いや、そんな美談じゃない。」


「え?」


「俺さ、敵将と知り合いで、俺が戦争を自分から終わらせようと思ったのも、こんな風にしてるのも、そいつのおかげなんだ。それに、俺はそいつに腕を斬られたんじゃない。そいつは自分から降伏するために戦闘中の中をひとりで敵陣の中心に来た。」


それが、どれだけ覚悟のいることか。


「降伏宣言をした無抵抗のそいつを陣地内にいた王女が受け入れようとしたが、味方の将軍が許さなかった。そいつの首をとれと、そう言ったんだ。」


俺もその場にいた。

蓮は静かに聞いていた。


「こいつら、馬鹿じゃねぇのって思ったよ。」


もう勝ちは決まったのに、これ以上どうして望むんだ。

その時、どんどん自分の気持ちが冷め、次の瞬間徐々にふつふつと沸騰していった。


「そいつの首を取れば、こちらが勝利。すでに敵の6割をヤった、この戦争の要であり、国の象徴である救世主の俺を殺せば、向こうの勝ちとなる。どっちもどっちだ。」


今まで戦争が終わらなかったのはお互いに同等の力だったから。

でもそれは次第に崩れていき、シュトレイン国側が劣勢になっていた。


だから俺が呼ばれた。


でも。


「俺はそいつを殺したくなかった。何をしても、そいつは助けたかった。」


死を覚悟した目を見ても、それを否定した。


「俺かそいつ、どちらかが死ねば戦争は終わる。でも、俺は死ぬ気はない……死ねない。」


だから……




「剣士として、右腕を……剣腕を斬ることで剣士である『救世主』を殺した。この世界で剣士が武器を握れなくなることは戦場に立つことができない、死んだも同然の存在となる。魔術師が魔力を失えば、ただの人。」




戦いを生業としてきた人間はなんの価値もない存在となる。


「救世主が死ねばそれは国の敗北ということになり、死んだことがばれれば相手の勝利となってしまう。両方死ねば、これから再び戦争は新しい旗を立てて続くことになる。俺はそいつの命をもらう代わりに、腕をやった。『敵将を打ち取った時に刺し違えた救世主の剣腕』にすれば、俺が敵将を打ち取った証明となりうる。強大な魔力が凝縮された腕だ。ただの首より価値と伝説は生まれる。」


一騎当千の英雄の剣椀。

1人のただの弱い人間の首。


どちらを失い、どちらを得るのが国にとって有益となるのか。


救世主が平和をもたらしたという伝説を残せば、イオカリスにも牽制になる。

その存在が強大な国への警告となるのだ。


『これはお前たちを敗北に導いた証だ』


国を救った腕こそ平穏をもたらす象徴だった。


「それだけ俺の腕には価値があった。」


その代り、好きだった剣術を失った。

文字を書く術を失った。

地球に帰る気持ちも失った。


得たのは自由と、カザスだけ。



「結果的に、俺はそいつを殺したくなかったから、自分の都合を通した。そして王都から逃げて、今も戦争になりそうになっているこの世界をどうでもいいと思ってる。」


勝手なやつだよな、と自嘲している。


「救世主としての価値も、剣士としての価値もない、ただの人間になった。」



全部なくなっていった。




「お前はさ、まだ大丈夫なんだよ。」


「何が……ですか?」


「お前はちゃんと助けたじゃねぇか。人を殺さないで、あの子を。」


人を殺すことにならない、そんな道を歩いていける場所にいる。

それは彼が逃げた時から始まっていた。


「別に、救世主なんかにならなくてもいいんじゃねぇの?」


お前はまだ自分の道に立っている。


そう言われ、蓮は自分の手を握る。

城から逃げ出すことができた自分と、逃げることさえ許されなかった雄呀。


「でも、戦争は起きるんですよね。」


「まだ起きるって決まったわけじゃない。起きたら起きたでお前は関係ないんだから。」


そう、異世界人である蓮には関係のない話だ。

しかし、ジェスティアは?

あの子は?


「悩んでるなら、もっと強くなれ。」


頭にポン、と手を置かれた。

いつの間にか雄呀は立ち上がっていた。


「強くなって、騎士の嬢ちゃんやユーナを守れるようになれ。守る為に強くなることは悪くない。それに、お前に与えられた力の使い用はお前が決めることだ。」


僕が、二人を守る……



「できる、かな?」


「まぁ、弱腰でチキンなうちはだめだな。」


「はぁ……」


はっはっはと笑う彼に頭を軽く叩かれ、なんだか穏やかな気分になった。




「とりあえず、先輩である俺が、ダメダメな後輩のお前に力の使い方を教えてやる!」


「は、はい!」


急にテンションが上がった雄呀に触発され、蓮も大きな声で返事をした。


「お前が一人前になるまで、旅をしながらビシバシネッチョリドドンとしごいてやる!」


「はい!…………ええええええええ!!!!?」


こうして、蓮と雄呀……2人の新旧救世主達(?)の旅が始まった。


















おまけ




「あの、敵将って生きてるんですよね?」


「ん?ああ、バリバリ生きてる。」


「どんな人だったんですか?」


「んー、ガキっぽくなかったよなー妙に冷めてて意外に泣き虫だったな。」


「ガキって……」


「だって当時10歳だったから。」


「10歳?!それで戦争の将軍だったんですか?」


「将軍って言うか、祭り上げられてただけだから。あいつの家庭事情ってやつ?」


「はあ……」


「複雑な家庭環境の中で育った故ってやつだなー。」


「でも、ユーガさんには大事な人なんですよね。」


「まぁね、家族みたいなもんだし……ってか、万能主夫?」


「主夫?」


「俺、左手めっちゃ不器用でさ、料理とかも全部できないから任せてんの。」


「へぇー(その人の所に遊びに行ったりするのかな?)、仲良いんですね。」


「なんというか、あいつが俺のこと大好きで。」


「へっ?!(好かれてるんだなー)」


「もう、俺がいなくちゃなんも決められないの。(喧嘩していいかーとか)」


「ゆ、優柔不断なんですね。」


「笑っちまうよなー。」










「っくし。」


「ぅー」


「君のような無表情でもくしゃみをするときは顔は歪むのだな。」


「……」









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