第11話『奴隷と勝負』
「あ」
「?!」
僕が声をかけようとすると布の中からびくぅっという効果音を思わせるほどに頭が出てきた。
煤が顔についていて、痩せているが可愛い感じの女の子だった。
蹲っていた姿から変わらず、頭を少し上げて僕を見る。
その瞳は見覚えがある。
誰かに怯え、何もかもが的に見える目。
鏡越しに見たことのある自分の目だ。
女の子に合わせてかがむと、またびくっとしていた。
「どうしたの?」
「……」
「お母さんは?」
「……」
「じゃあ、お父さんは?」
「……」
この姿は迷子……じゃないか。
こういう世界だとこういう子は言ってはいけないのだろうけど、奴隷ってやつなんだろう。
ふと布の隙間から見えた手首に何かがはめられているのがわかった。
手をとろうとすると後ずさられた。
「大丈夫だよ、ちょっと手を見るだけだから。」
そう言ってもなかなか見せてくれない。
それもそうか、急に手を見せてはないもんな……
「(うーん……)あ、そうだ。」
僕はポケットから使いなれたものを出した。
現代社会の必需品、携帯電話!
電波も何もないが、充電はいっぱいだったのでまだ使える。
携帯を操作している最中、ちらりと女の子の方を見ると少しだけ興味深そうに見ている。
ちょっと笑って目的の物を見つけ、女の子に見せる。
「ほら。」
「……」
目を見開いて携帯電話の画面に注目している女の子。
彼女に見せているのは僕の愛猫、ぼたもちちゃん(♀)だ。
ふわふわの毛並みにいつも癒され、勇気づけられてきた可愛い可愛い家族だ。
ああ……いまどうしてるだろうか。
「可愛いでしょ?まだあるんだよ、えっとね、これがおなか出して寝てる姿で、こっちが猫鍋だよ。」
「……」
何も言わないが、すごく興味を持っているらしい。
「元気出た?」
「……」
ゆっくりだが小さく女の子はうなずいた。
そして、戸惑いがちに片手を出した。
そこには銀色の腕輪のようなものがはめられ、何かが刻まれていた。
「これは……」
女の子は差し出した手を自分の喉元にやり、その後もう片方の手と合わせて×マークをつくった。
「声が出ないの?」
そう聞くと、腕環を指さし先ほどと同じ動作をした。
きっとこの腕輪に何かしら魔法みたいなものがかけられていて、それのせいで声が出ないのか。
「ユーガさんならどうにかできるかな……」
でも、いつあの人に会えるかどうかもわからないし……
僕、ほんと何もできないなぁ。
「……」
はぁ、と俯いていると頭に感触があった。
頭を上げると女の子が小さい手で撫でていた。
「……!」
僕が見ていることに気づくとすぐに手を引いて、俯いてしまった。
「あはは。」
似た者同士と思って笑ってしまった。
それを聞いて女の子も顔をあげ、茫然と見ている。
僕は女の子の手を取り、立たせた。
「おいで。」
「……?」
「それを外せるかもしれない人を知っているんだ。まだ、町にいるかもしれない。」
女の子に言って手を握ったまま路地裏から出ようとした。
ほっと安心した時だった。
ゴォーンッ!!
頬を熱風が通り過ぎるのを感じた。
僕たちの真横に大きな火の塊が飛んできたのだ。
それは壁を破壊し、勢いで飛ばされそうになった女の子をかばって僕は彼女ごと壁に叩きつけられた。
不思議と痛みはなかったが、驚いて破壊された壁を茫然と見てしまった。
再び何かが向かってくる気配がして、反射的に避ける。
先ほどまで僕らがいた場所の手前には焦げ跡だけが残っていた。
まるで映画のように爆弾を投げられたような風景だった。
「(い、いったいなんなんだよー!)」
かなり内心パニックになりながらも女の子の様子を見ながら近くの壁に隠れた。
コツ……コツ……
「あーあ、なぁんで避けんのさぁ。」
影になっていた通りから一人の男が出てきた。
焦げ茶色の髪に黒に近い赤く染まったマントを着こんで、その手には細身の剣が握られ方に乗せるようにトントンと叩いている。
こちらに近づくとぼくらの姿が見えたのか、にやりと笑った後、僕と女の子を見比べた。
「いーち、にーぃ……んぁ?1人じゃねぇじゃん、あの糞貴族、ここらに逃げ込んだ奴隷ってどっちだよ。」
ザクッ
ちっと舌打ちして叩いていた剣を地面に刺した。
そして何を思ったのか地面にしゃがみ込み、はぁーと深い深いそれは深いため息をついた。
そして頭をガサガサと掻いたあと、急に止めたかと思うとバッとこちらを見た。
女の子と一緒に僕はそれにびくっとした。
「あー、あのさぁ、おたくらさぁ、どっちが奴隷さん?」
奴隷……この子のことなのか。
「俺ぁどっちでもいいから、連れてって、金もらって、とっととこっから出ていきたいのよ。」
わかる?と首をかしげる。
二人が何も言わないとわかると、男はむっとした表情をしてはいはい、そうですか、と言って立ち上がり剣を取った。
「しっかたねぇ、それっぽいそっちのぼろっちい“ちびっこ”を連れてくか。」
独り言のように呟き、男は動いたと同時に僕の目の前に来た。
「とりあえず、お前は邪・魔。」
「(み、見えなかった!!?)」
剣を振り下ろした男から女の子を連れて後方に飛びのいた。
避けたことが意外だったのか、わずかに目を細めたがそれも一瞬ですぐに僕に追い付いてくる。
「いい、逃げ方だが……」
女の子を庇いつつ剣を避けたがその先に剣が閃き、かろうじて避けた僕の頬にピリッと痛みが走った後腹を蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「お前、俺についてくるたぁ何もんだ?ガキ。」
「た、ただの一般市民です……よっ!」
「!?」
近づいてきた男の足を払い体制を崩し、間合いを取る。
いきなり斬りつけられて驚いたが、ついていけない速さではない。
何故かこの世界に来てから体が軽く感じる。
あのお城の中を気配を消しながら走り続けても疲れは決してなかった。
「(剣は怖い……けど、あの子はもっと怖いんだ……っ)」
ちらりと隠れている少女を盗み見る。
「ったく、奴隷つれてくだけですぐ終わると思ってたんによう。」
ゆっくりとした動作で構えていた剣をおろし、マントの下にしまった男は、その手にしていたグローブを確認するようにしっかりとつけ直した。
その行動に構えていた僕は冷や汗をかき、足が震えそうになるのをこらえた。
「俺は本気のサシ勝負をするときは相手に合わせる。てめぇが拳で来るなら同じ条件でヤり合う!それが俺の流儀だ。」
さっきまで悪役っぷりを発揮していた男は、にやりという効果音が似合う表情を浮かべ拳を構えた。
先ほどとは違うまったくの別人のような気配だった。
ごくりと唾を飲み、手汗を握る。
ヒュッといった呼吸音と共に一気に距離がなくなり、互いの拳が行き交った。
軽い身体は自然と僕の心を押しているように思うように動く。
対峙している相手は恐ろしく強い、怖い相手……
僕は何をしているんだろう。
「ちっ、かてぇ、なっ!お前!」
「はぁっ、はぁっ。」
ガードをとき懐に飛び込みアッパーで突き上げるが交わされ逆に後ろ回し蹴りを喰らう。
とっさに腕を使うが風圧と共に飛ばされる。
この世界の人間は化け物ばかりか?!
「そろそろお開きにするぞ。」
もう気配を感じた瞬間には遅かった。
「ぅがっ?!」
「つーかまーえた。」
首を掴まれ壁に抑えられる。
片手でつかまれているにもかかわらず、その握力はかなりのものだ。
叩きつけられても痛みは少なかったのに、やはり器官を圧迫されるのは違う。
「俺もさぁ、暇じゃねぇんだ。」
抑えている腕とは反対の手が差し出され、「フレイム」と呟いた男の手に炎が灯る。
「お前には悪いけど、見た奴は殺さないとお金もらえないんだよね。」
だから……
「悪いな。」
炎の灯った手が僕に迫り、眼を閉じた。
こんな世界に呼ばれて、こんなことになって……
それで……これで終わりなのか?
僕は……
「その手を離せ。」
炎の熱さが消え、眼を開ける。
男は僕ではなく自らの後ろに視線を向け、だが動けずにいた。
彼の背後には銃を突きつけるように男の首に人差し指を当てているユーガさんがいた。
前にあった時とは違う、真剣な目だ。
「首から上が惜しかったら離せ。」
「……わぁったよ。」
冷え切った声色で言われ、男はすぐに僕の首から手を放し、両手をあげた。
僕は解放され、力が抜けたように壁をずるずるとへたり込むように座り込んだ。
「あ……」
どうしてここに……
「離したんだから、これ、どけろよ。」
視線でユーガさんの指を見て言った。
戦意を感じない今の男に少しの警戒心を残し、そっと指を外したすぐに、僕のそばにきて無理やり立たせた。
男はマントのフードをかぶり、こちらの様子を見ている。
「さっきの爆音で警備兵が来る。てめぇもいけ。あと、そこの幼女は奴隷じゃない。おいていけ。」
「いやいや、そりゃ困るってもんよ。俺だって文なしだし。」
「知るか。さっさと消えろ。」
おちゃらけた様子の男の言葉を一蹴した。
その言葉に先ほどの脅しが重なったのか、素直にはいはい、と言って背を向けた。
「ま、俺も“仕事”だったから。こっちもまぁ喰らったし、どっこいどっこいだな。」
最後に僕を見てからまるで友人に挨拶するようにじゃーねぇ、と手を振りって男は歩き出した。
暗闇に溶け込むように消えていった男の後ろ姿を見ていた僕は、いきなり頭を叩かれた。
「ぼーっとしてんじゃねぇ、さっさとここからずらかるぞ。」
はっと気付くと男が去っていた方向と逆から数人の足音が向かってくるのが聞こえる。
舌打ちをしたユーガさんは僕と女の子の手を引きあたりを見ている。
「転移するにも3人で魔力隠蔽はきついな……」
「お前たち!なんださっきの騒ぎは!?」
警備兵らしき人たちは剣を構えこちらに向かってくる。
僕は結構ぼろぼろで戦えないし、ユーガさんはやばいといった顔をしている。
女の子は僕にしがみついている。
僕たちの様子を見て、あやしいと思ったのか拘束する!と向かってきた。
やばいっと思った瞬間だった。
向かってきた兵士が一気にとつぜん糸が切れたように地面にスライディングして転んだ。
(い、痛そう……)
彼らが倒れた後ろから現れたのは大剣を背におさめているカザスさんだった。
音も気配も感じなかった。
「師匠。」
そう言った彼に反応したのはユーガさんで、「め、メカザス……」とわけのわからないことを言っていた。
「あの、この人たち……」
「生きてるから大丈夫だろ。それより、行くぞ。」
「は、はい。」
女の子はカザスさんがそっと抱き上げ、ユーガさんたちと一緒に僕も彼らの宿に行こうとしたが、ジェティのことを思い出した。
彼女とはぐれてしまっていたことを話すと、彼女は僕を探してこの路地裏の近くにいたが、カザスさんが気を失わせて彼らの宿に運んでおいたことを無口だった彼から伝えられた。
なぜ彼女のことを知っていたのか聞くと、王女の騎士は有名で、一度顔を見たことがあり、覚えていたらしい。
「さすが俺の右腕。」
と、彼の頭をガシガシ撫でる。
「師匠ならそれを望むと思ったので。」
と、まるでエスパーのような、電波のようなことを言ったぼさぼさ頭のカザスさんの声は抑揚のない無機質な声色だった。