第10話『聞きたいことと聞けないこと』
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まだまだ未完成な部分もありますが、よろしくお願いします。
「『あ』『い』『う』……」
コンコンコンコンコン……
一定のリズムでインクの付いたペンを紙の上で叩く。
ジワリと紙にインクがしみこんでいく。
静まり返った部屋の中、机上にあるのは文字?が書き連ねられた紙の山と開いてある数冊の本。
コンッ……
「カザス、遅ぇなぁ。」
誰もいない宿の部屋で備え付けの机に向かい、ひたすら文字の練習をしていた。
10年間続けていた自分の努力は実る兆しが全く見えない。
俺はなぜかこの世界にきてから左手が異様に不器用になり、武器を持つ時も右手か両手持ちとなっていた。
左手で武器を持っても空振り、手からすっぽ抜け、思わずカザスにぶっ刺さりそうになったことがある。
物を投げてもどこに飛ぶかは運次第で、殴るかつかむか、用途は限られる。
さらに、俺自身に流れていた魔力が腕の分、削られたのを知ったのは、魔力に違和感を覚えたことからだった。
右腕を斬ってからは剣を持つこともできず、その分さして問題のない壮大な魔力での魔法が俺にとって最重要のものとなっていった。
俺の腕が城にあることは噂で知っている。
英雄の腕なんて言われ、宝物庫に保管されているという噂は国中に広がっていた。
今更腕が戻ればいいとは思っていない。
いや、戻すことはできるが、俺にとってそれはカザスの存在を否定し、自分自身の心を否定することに繋がる。
わがままなだけかもしれない。
戦いたくないと駄々をこねて、カザスを連れて、王都から逃げて……
まるで戦争には勝ったのに負け犬みたいだった。
レンのこと、馬鹿にできねぇよな。
ペンを放って、ベッドに寝転がる。
魔力を失った魔術師と剣を使えない剣士は戦場には立てない。
魔術師が魔力を失くすことはただの人となり下がること。
剣士が持つべき武器を扱えなくなることもまたしかり。
二つともそれは死を意味する。
この世界の人間は伝説や宗教、規則を重んじる。
特に、シュトレインは平和に危機が訪れた時、救世主を呼んだという伝説を信じ、実際に俺を召喚した。
戦争も将が死ぬことでそれが終結される。
それが唯一の方法。
ただ将が生きてさえいれば戦いは終わることはない。
だから示す。
『この首は戦争終結の証の価値を持つのですぞ』
コンコン
ノックをして入ってきたのは確認しなくてもわかる。
背負っていた剣を立てかけ、向かいのベッドに座るのを横目で見た。
「何かありましたか。」
抑揚のないその言葉には彼なりに意味を込めたのだろう。
ずっと一緒にいたが、無表情の彼が心の中でいろいろ考えているのがだんだんわかってきた。
無表情なのはそう言ったものと無縁な生活だったせい。
言葉が少ないのは何を言えばいいのか整理がつかないから。
不器用なやつだ。
「あるとすれば、左手で生み出したこの古代文字もどきだな。」
俺の不器用さを身に感じて知っているカザスは机に広げられた紙の束をまとめ始めた。
その後ろ姿を見て、でかくなったよなぁと親心を覗かせる。
ちっさかったのに、いつの間にか俺を追い抜いて……
俺より剣が強くなって。
今までずっと俺の右腕として生きてきた。
俺がいらない、と言ったらこいつはどうするのだろう。
俺の腕となって、剣となって戦うカザス。
さっき、こいつがいなかったとき、俺が消えたら……そう考えるのは初めてじゃない。
レンに護衛にやるのもいいかな。
「お前さ、」
話しかけると何があっても必ず反応し、振り向く。
俺が死んだらどうする?
「師匠?」
「お前、えっと、俺がレンについていけって言ったら行くか?」
「いきません。」
「だよなー。」
はっはっはと自分を誤魔化し笑った。
「俺は師匠以外の誰とも一緒にいるつもりはありません。」
俺は、師匠の右腕です。
決まりきったセリフを吐くバカで可愛い弟子は意外に頑固だ。
本当に何をしても俺についてくるに違いない。
俺が切り捨てない限り……
カザスはまとめた紙をごみ箱に詰め、一冊の本を懐から取り出し俺に差し出してきた。
表紙には『釣りの極意(初級編)』と書かれている。
今回のお土産か。
渋々身を起こし、受け取った。
膝に置き、表紙をめくるとファンシーな絵が出てきて、これまた可愛い字で書かれた文章が。
『釣りをするときは天気に注意してね☆』
『釣針は、人にさしちゃだめだよ☆』
『お魚さんにはやさしくね☆』
☆いらねぇよ!
天気なんてそんなもんわかってんだよ!
釣針なんかで人はささねぇよ!
ってか最後の意味わかんねぇよ!
いろいろと突っ込みどころのある本を勢いよく閉じた。
収納袋にそっと入れ、封印することにする。
今までで一番イライラする土産だ。
「師匠、それで依頼のことですが。」
「ああ、忘れてた。めぼしい依頼はあったか?」
「いえ、ありませんでした。明日になれば依頼が更新されますから、また確認しに行きます。」
「そのころには鍛冶屋にまた行って、依頼終了させねぇとな。」
ギルドの依頼は2つ同時に受けることはできず、先ほど王都のギルドの偵察がてら依頼掲示板を見に行かせた。
元々宿で一泊する予定だったから少々の狂いは問題ない。
「傭兵崩れもいただろ?」
「はい。」
この宿もやっとの思いでとれた部屋だ。
戦場を稼ぎ場所とする傭兵が集まり、王都に滞在しているのはいつしかおこる戦争に参加するためだ。
それだけ鍛冶屋も傭兵も稼ぎ時となる。
「なにもなかっただろうな?」
「はい、俺はSSランクなので、喧嘩を売ってくる人間もいませんでした。」
「よかったよかった。」
いろんな意味で。
こいつが1人で喧嘩なんか買ったら、そこはもう地獄と化すだろう。
一度だけそれを見たことがあるが、愛剣のシュバルツを神速の如く振り回し容赦なく相手をめった切りにしていた。(その後俺がその被害者が死ぬ寸前に助け、カザスをなだめた。)
俺を無駄に自分のせいで働かせてしまったことに後悔したのか、その後ずっと俺の後ろをとぼとぼと歩いていたのを思い出す。
最終的に次は気をつけろよ、と声をかけてから、喧嘩を買うときはなぜか喧嘩を売ってきた相手を俺の前に引きずってきて「喧嘩をしてもいいですか?」と聞いてくるようになった。
あの時、相手は土下座して泣いていた。
なんか最近昔を思い出すと気分が沈んでくる。
俺も年かな?
「ええい!カザス、出るぞ!」
「?」
どこに?といった表情に俺は窓の外を指さす。
「さっきおかみさんに聞いたんだけど、大通りの隣に商い通りって言うのができたらしいんだ。珍しいもんがあるかもしれないからお前が帰ってきたら行こうと思ってたんだ。」
行くだろ?
初めて来た場所はあまり感動できなかった。
「すげぇ人だな。」
俺がいた頃はただの道だったが、他国との国交を含めて行商に開いたのだろう。
「はい。」
カザスは定位置の一つである俺の右隣にしっかりと立ち、同意した。
賑やかで店もたくさんあるのはわかるが、その店が見えなくなるほど人が行きかっている。
「これじゃはぐれるかも知れねぇ。」
魔力で探知する方法はカザスには使えない。
カザスは魔力を持っていないから反応がないのだ。
逆にカザスはなぜか俺を見つけるのが得意で、レーダーか何かついているのか、と聞いたら『れぇだぁ』とはなんですかと逆に聞かれた。
「師匠、俺から離れないでください。」
「それは俺のセリフだ。」
とりあえず店がありそうな場所に目星をつけ少しずつ進んでいく。
いい匂いがしたり、店員の大きな声が聞こえたり、楽しい場所だな。
しかし、たまにすれ違う騎士服の人間はレンの捜索をしているのだろうか。
広域探査魔法を使える人間は少ない。
多少感じるくらいでもすごいのだ。
王都にいる探査魔法使いは検問に配備されているはずだ。
(ほんと、甘い警備だ。)
「師匠。」
「ん?」
「迷子になりますよ。」
「おまえなぁ……」
商品を手に取り俺を見る。
「なんだそれ。」
「魔笛だそうです。」
魔笛は魔具の中でも呪術に用いられるもので、その音色は不幸を招き、聞いた人間に死をもたらすとされている……が、伝説だ。
その手にあるのは魔力の欠片もないただの装飾の凝った笛であり、魔具ですらない。
「やめとけ。」
「はい。」
別段、気に行っていたわけではなかったらしく、すぐにもどし、さらに他の商品を手に取っていた。
次にとったのはほんのり魔力を含んだ、小さな真珠くらいの大きさの魔石がワンポイントの髪止めだった。
「お前、そんな趣味あったか?」
髪止めをつけるカザスなんて……似合うか?
美形だから似合うとかはないな、こいつは男前だから絶対に浮く。
「いえ、細工が細かかったので。」
「それもそうだな……俺、芸術方面はからっきしだから、ただの髪止めにしか見えん。」
欲しいなら買えばいいと言っても元の場所にそっと戻していた。
この髪止めについていたのは光属性の魔力が凝縮されている魔石。
持っていれば治癒魔法と光属性の結界魔法が2,3回しようだきるだろう。
カザスがいいなら言う必要もないか。
(お?)
ふと、眼に入ったのは微量だが、魔力を纏っている腕輪だった。
よく見ると表側に小さな封印魔術の陣が描かれている。
昔、奴隷に嵌められているのを見たことがある。
解除はこの腕輪を嵌めた人間か、魔術師にかできない。
魔法というのは魔力が絶対的なもので、それがなければ魔法は使えないし、魔力があってもそれを魔法に変換する能力がないと魔術師とは言えない。
主に魔法というのは二つの方法の上に成り立っている。
1つは詠唱による発動。
詠唱はその言葉に魔力を乗せ、術に変換する行為だ。
詠唱が途中で止まると、魔力の流れが止まり、術は発動しなくなる。
上級魔術師は詠唱破棄というものを使うことができるが、それは詠唱ではなく術名そのものに精密さとその術に必要な魔力を込めるものだ。
それは簡易的なものと見えるが実はかなり難しい魔力操作を行っている為、出来たとしても中級クラスの詠唱破棄までしか詠唱破棄は今現在不可能と言われている。
もう1つは魔法陣による発動。
魔法陣とは詠唱とは別に、魔力で陣を刻み術を発動させる古いやり方だ。
魔法陣に刻む文字は古代アトス語と呼ばれる古い文字で、今のアルカトスの言語であるアトス語の原型とも言われている。
術ごとに詠唱が異なるように、陣に刻む文字も一つ一つ違う。
魔法陣の特徴は詠唱する必要がなく、さらに、その陣の色は発動する魔法の属性によって違うところ。
火なら赤、水なら青といった具合である。
陣を描くには古代アトス語による魔法の理解と、高レベルの魔力操作が必要となる。
陣を刻むのに時間はかかるが、魔力操作に長けるものほど陣の形成が早く、有利になる。
さっきも言ったが、魔法陣は魔力で刻まれるものだ。
その魔法陣は魔力か発動者しか消すことができず、この腕輪の陣も魔力によって刻まれているもので、これをした人間は魔術師でない限り、自分では何もできないに等しい。
こんな腕輪をされたらたまったもんじゃないよな。
「それは……」
「お前は縁遠いかもしれないけど、これには気をつけろ。この陣から察するに動きを封じる術が掛けられてる。」
俺がいるからすぐに外せるけど。
「それは魔具なのですか。」
「封印……というか、すでに拘束用だな、こりゃ。」
このままにしておくのも、変な奴が買って行ったらえらいことになる。
「おっちゃん、これもらうよ。」
「銀3枚だよ。」
それを聞いたカザスが銀3枚を払う。
腕輪を袋にしまと、興味があるのかそれをじっと見ているカザス。
「どうするのですか?」
「ん?お前が暴れそうになったらこれで…………なんて、するわけねぇだろ。用心のためだよ。」
固まった顔をしたままのカザス後ろに、店から離れる。
次行くぞ次!
と、勇ましく進んだはいいものの、人の波は予想以上に凄まじかった。
「かぁーざすぅー、せんせーをおいてどこいったんだよーぃ。」
壁際に寄りかかるようにしてしゃがみ、人込みに向かって行ってみた。
これであいつが気付いたら俺探知レーダー説は本物だ。
そうしたらカザスをメカザスとよんでやろう。
「あいつのことだから女に囲まれてたりすんのかな。」
顔はいいからな。
俺が生活力皆無のおかげで家事もできるし。
もう、ありゃ主夫だな、主夫。
俺も女の子に囲まれたい……と、無駄な夢は見ないことにしている。
「だからはぐれるなって言ったのに。」
そう言ってのんきに青い空を眺めているとふと近くで魔力が動くのを感じた。
「(あー、これは火属性かなー……魔術師かぁ。魔力の質が同じだから1人、喧嘩か?)」
魔力が発せられ消え、再び発せられ消え……相手は魔力使ってないのに魔法で攻撃とか、プライドないねぇ。
俺もそんなプライドはありませんけど?
ムカつくやつは魔法でぶっ飛ばす主義ですけど?
よほどできる魔術師でない限り、普段はカザスに任せているからそんなことはめったにないが。
「ただの喧嘩ならいいか……ん?」
ピリッと……違う魔力が感じられる。
この魔力は知っている。
痛い流れを持っている魔力は俺の魔力を刺激してくる。
「(これは……あのたんこぶか。)」
カザスのことは後にし、すぐに立ち上がって方向を確かめると小さく探知されない程度の転移魔法発動した。
その場から人一人がいきなり消えても、流れていく人々は気付くことはなかった。
1人、大きな剣を背負った青年以外は。
近いうち、題名改変を予定してます。
題名改編後は告知します。