第7話『先輩と後輩』
なんだかあったかい。
ぽわぽわと光が包んでいるようだ。
この光は何だろう、とそっと瞼をあげた。
そこには僕と同じ黒があった。
少年が再び気絶してから一時間ほど経った。
とりあえずカザスに2階まで運ばせる。
2階には小さな小部屋が二つあって、落ちてきた部屋の真上がこいつの部屋だったのだろう。
ベッドに寝かせ、手をかざす。
掌に水属性の魔力と光属性の魔力を組み合わせ小さな光を作り出した。
俺の手から光が溢れ、それを額に当て少年の魔力と同化させていく。
水属性の鎮静魔法と光属性の治癒魔法を合わせることで痛みと傷を自然回復させることができる混合魔法だ。
普通、治癒魔法は傷を癒すが本人の細胞を活性化させるだけで、その細胞の寿命はかなり短くなってしまう。
だが、水属性の鎮静魔法を加えることでその急激な活性化の負担をなくすことができる。
これは自分の魔力と対象の魔力をうまく混ぜなければいけない。
水と光の属性持ちではないと無理ということだ。
表情が柔らかくなり、瞼がぴくぴくと動いたと思うと、ゆっくりと目が開いた。
先ほどよりも俺を見る視線はちゃんとしたものだ。
「今度は気絶するなよ。」
「は、はい……」
戸惑いがちにうなずくのを見て手を引っ込めた。
茫然としながら上半身を起こし、後頭部に手をやると不思議そうに見てくる。
「とりあえず2個分のタンコブは治しといたからな。」
「す、すみません……」
「僕は桐谷蓮です。」
「レンだな、俺は染井雄呀。ユーガって呼べ。この世界じゃ名前呼びが主流だからな。」
そうだったのか、と呟くのを聞いて背後にいたカザスを手招きする。
「こいつは俺の弟子でカザスだ。」
無言のまま小さくお辞儀をしたカザスは再び後ろに下がる。
こいつ本当に俺以外と全然しゃべらないのか。
「俺以外には基本無口だから気にすんな。」
今まで漁師のおっちゃんとも全然話さなかったしな。
「はぁ……」
「レンは最近召喚されたんだったな。」
「知ってるんですか?」
「お前の魔力で分かったって。俺には劣るがかなりでかかったぞ。」
笑えるくらい魔法の才能はなさそうだけど。
こういった探知魔法が使える人間は魔力探知に長けているため、魔法を使わなくても大雑把なことは探知できるのだ。
俺はその上で、魔力の質で識別できる。
こいつはそう言うのじゃなくて、もっとほかの方面にスキルがずば抜けてそうだ。
座るぞ、と言ってレンが座っているベッドの足もとに腰を下ろす。
「で、どうだ?こっちに来た感想は。」
「どうも何も……すごく怖かったですけど、魔法とかはすごいと思いました。」
「それで現在逃亡中ね。」
図星を突かれ、沈んだレンは大きなため息をついた。
起こっているわけではないのだが、こいつは沈みやすい性格なのかもしれない。
「別に馬鹿にしてるわけじゃねぇぞ。」
「え?」
「どうせ、救世主様ーとか言われていきなり戦わされて、世界を救ってくださいーとか何とか言われたんだろ?」
「まさにその通りでした……」
やっぱりな。
でも、あの城からよく独りで抜け出せたな、と言うと、どうやら連れがいたらしい。
今は鍛冶屋の店主と買い出しに行っているらしく、しばらく世話になっていると話した。
「城の中で逃げてる時、王女様に助けられて……」
「プラチナブロンドの美人か?」
「知ってるんですか?」
「まぁ、俺を召還したのあいつだし。」
こいつが使ったんだろう転移の魔法陣は俺がそいつにやったやつだ。
助けたということはこいつの召喚に反対したのかもしれない。
あいつはもう“俺”を見ているからな……
俺が王都から姿を消す前、あいつと一度だけ壁越しに話をしたことがあった。
戦場の応急テントで肩を止血した後、外にいたあいつが言った。
「救世主なんて呼んではいけなかったのね。」
俺は何も言わなかったが、本心だとは分かった。
最初は強引な性格だなって思ってたけれど、今はどうなんだろうな。
「じゃあ、俺の前の救世主って、ユーガさんのことなんですか?」
「あ、ああ。そうだけど……さんとかつけるな。外見は同い年くらいなんだから。」
「はいぃ!」
中身は26のおっさんだけどな。
涙目になって返事をしてんのはまぁ、許そう。
だが……
さっきからかなり気になっていたのだが。
「なぜ後ずさる。」
「え?あ、えっと、な、なんとなく……」
話す間もどんどん枕もとに近づき、眼を逸らす。
きょろきょろと挙動不審なのは動揺しているのかと思ったが、これは違う。
一瞬睨むとかなりの反射神経で頭を押さえた。
「んなことビビってどうする…………それでも俺の後輩か!!!?」
話すときは人の目を見ろ!!
「えええええええっ?!(後輩ってなんですかぁあああ?!)」
で、
「お前の性格はよく分かった。」
仁王立ちする俺の後ろには先ほど治したものよりもでかいタンコブを3段重ねにされたレンがいる。
もちろんカザスに殴らせた(ある意味黄金の右腕)。
かなり痛そうにうなっているレンは悶えている。
「へたれで」
グサッ
「弱虫」
グサッ
「ビビりの」
グサッ
「チキンか。」
どうだ、当たりだろ……ってなんかさっきよりなぜか空気がどんよりしている。
これ以上虐めるのもかわいそうか。
なんかこいつ見てると虐めたくなるな。
「そういやお前、逃亡したんだよな?」
「はい、でも王都の警備がかなり厳重で出られないんです。」
「………はぁ?」
話を聞けば、本当は王都を出たいのに検問を通過するための通行証を入手できず、立ち往生しているらしい。
何か方法を探しているがいい案が思いつかないのだと言う。
一言言っておこう。
「お前は馬鹿か。」
カザスに入れさせた茶を飲みながら(レンに入れさせたのはまずかった)、この馬鹿に説明してやる。
「通行証なんてな、ギルドで登録して国外の依頼受ければもらえんだよ。検問はどうだかしらねぇが、フードかぶって髪見せなければたいていはどうにかなるんだ。あいつらが見てるのは魔法で色形偽ってるかどうかなんだから。」
俺たちもその口だしな、とギルドカードを見せる。
意外にこの世界の警備は甘っちょろいからな。
連れの奴はそんなことも知らないのか、と聞くと知らないと思いますと帰ってきた。
だめだ、こいつらのたれ死ぬ。
絶対。
「俺たちの場合は外からだっから中の検問とは違うが、だいたいはそういうもんだ。門のところに兵士のほかに魔術師っぽいやつがいたら十中八九魔力検査してるな。」
「へぇ、じゃあ僕たちが髪を染めてるのって……」
「街の中じゃ大丈夫だが、検問はぜってぇ引っ掛かる。」
「うっ。」
失敗したことに気づいたな。
もしかして召喚されたての俺よりひどくないか?
「その、ギルドっていうのは誰でもはいれるんですか?」
「そうだな、身分証明書とかもいらねぇし、俺も最近登録したばっかだから最低ランクのFだ。」
上げる気はないけど。
俺にとってギルドに入ったのはただ単に移動のための通行証が欲しかっただけで、別に賞金稼ごうとかステータスにしようとか、そんなことは考えていない。
戦いたいと言う欲求もないし(めんどいし)、俺が依頼をやってしまったらカザスがやる分がなくなるし。
優しいな、俺。
「ギルドに入るのか?」
「ジェ……連れに話してから行ってみます。」
「そうか、決めるのはお前だからな。」
どっこいしょ、と椅子から立ち上がり、外套を纏う。
扉を開けたカザスを見て踵を返そうとすると、レンに呼び止められた。
真剣な黒眼で俺を見てくる。
「おね、その、逃がしてくれた王女様が、『今度は私が戦います』って。」
『ごめんなさい……っ、こんな……こんなはずじゃなかったのに!』
「…………そっか。」
扉をくぐり、カザスが閉めようとする。
俺は隙間からレンを見た。
臆病で
弱虫で
逃げ腰。
でも……
「“また”な、後輩。」
放っておけねぇなぁー。