プロローグ『最初の終結』
それは10年前のことだった。
アルカトス大陸の東に位置しているシュトレイン王国と南に位置しているイオカリス帝国が中心となり、大陸全土を巻き込んだ大戦争「アルカトス東南大戦」が起きた。
起こるべくして起こされたとされるその戦いは、20年間続いた長期に渡るものとなり、多くの犠牲を伴った。
ある者は兄弟を殺され……
ある者は将来を失い……
ある者は利用され……
ある者は居場所を奪われ……
ある者は策に溺れ……
多くの人間が負の感情に流されていった。
戦いの終結する時には全てを失った者もいた。
彼らを救うものは誰もいなかった。
誰もが国のためと言って、自らの戦う理由を問う者はいなかった。
「これは戦争だ」
それだけが理由だった。
*****
降りしきる雨の中、互いの軍が膝をつき武器を支えにうずくまっていた。
地面にはどちらが流したのかさえもわからない血が雨に薄まって流れている。
あらゆるところに大きなクレーターや折れた剣などがばらまかれ、多くの兵が肩で息をし、相手を睨んでいた。
中心には自国の旗印を掲げ、一際目立つ鎧を着た人物たちが見合っている。
「降服を受け入れた以上、戦う理由はありません」
「しかし、けじめは必要です。これは戦争なのですよ、王女殿下」
王女と呼ばれた女性はその場に似合わないドレス姿を泥まみれにして、それでいて気高い雰囲気を出して立っていた
彼女の眼の前には兵に拘束され膝まづいている敵の将軍であった。
「剣を取らぬ者を殺すのはただの殺戮者です。剣を引きなさい」
自国の将をしていた男に命令を下すが、ここは戦場……彼のテリトリーなのだと空気が告げている。
拘束されている将軍に剣を向けたまま彼は失礼ながらと続けた。
「たとえ10の子供でも、一国の軍の将として戦に出た以上、我らはこの首をとらねばなりませぬ」
子供、そう言われたのは拘束されている将だった。
諦めたように、また、決心を決めたかのように目を閉じて最期を待っていた。
「この方は戦う意思はありません。将であったとしても、一人の人間です」
「この子供に同情でもなされる気か!?我等の国を犯した帝国の代表ですぞ!?この首は我らが勝利の証となるのですぞ!!?」
そうだ、相手の将軍の首を取ることで、その首を掲げることで、相手に敗北を告げ味方に勝利を伝える。
「殿下、ここは『戦場』です!」
その一言に王女は唇を噛み、顔をゆがめた。
そんな彼女を多くの兵が見守り、護衛を務めていた騎士も悔しげな顔を隠さない。
「そうだな、お前たち軍人は名誉だ国のためだと言いながら物的な証拠を欲しがる」
バチャバチャと水をはじく音を立て、前に出る人間がいた。
王女の肩を安心させるようにたたき、後ろに下がらせ自分は男の前に出る。
彼は血にまみれていた服を脱ぎ捨てており、体中に包帯を巻いて雨にぬれていた。
この世界にはいない漆黒の髪を濡らし、この大戦ではドラゴンを従わせ戦場を駆っていた「救世主」と呼ばれる存在だ。
彼の登場に周囲がざわめき、事の成り行きを見守る。
「俺はこの戦いを終わらせることを契約に戦った。だから俺はもう戦わない」
「それはあなたの都合だ。この者が生きている限り再び戦は起きる。この世界の人間ではないあなたにはわかるまい」
男が嘲うかのように捨て台詞を吐き、睨みをきかせる。
その言葉に何かが緩んだのか、救世主はくくくと笑いだした。
「何がおかしい。」
「くくく、はっはっは……・この世界の人間じゃない、か」
だんだんと彼の周りに魔力が集まるのがわかった。
彼の強大な力がなければこの戦争には勝てなかったことを理解している。
だからこその救世主だ。
「お前たちが救世主だの何だのとくだらない戦争に巻き込んでおいて、関係ないから引っこんでろって?知らない土地に召喚されて、わけもわからず戦わされて、挙句の果てには戻れませんだと。それでお前はこの世界の人間じゃないから口を出すなと?」
笑わせてくれるじゃねぇか。
「戦争は終わりだ。俺が終わらせる」
その時、魔力が形をなし、大きな刃となって現れた。
襲撃か、と武器を構える兵たちを尻目に救世主はにやりと笑う。
「こいつの命は俺がもらう」
彼が右腕を水平に掲げた時、後ろにいた王女は驚愕した表情で駆け出そうとしていたが、騎士に止められていた。
「やめて!」
「証が欲しいなら」
「くれてやる」
バシュッ!!!
風の刃は一気に振りかざされ、ギロチンのように振り降ろされた。
切られた勢いでそれは地面に落ち、切断面は綺麗であって血もじわじわとあふれてきた。
「そんな・・・・・・っ」
「ぁ……」
「馬鹿な……」
痛みもない切れ味に自嘲気味に笑い、傾きそうになる身体をなんとか支え、それを拾い上げる。
ぽたぽたと血が流れ、包帯を赤く染めていく。
「お前たちが欲しいのは勝利だけだろ」
切断部分から雨と一緒に流れる血液が水に溶けていった。
「別に、俺はお前たちを勝たせたいわけじゃねぇんだ。どっちだっていい……」
目の前で起こっている出来事に、敵の将は眼を見開いていた。
大きな瞳に雨が落ち、まるで涙を流すかのように頬を伝う。
「戦は、終わりだ」
痛々しい光景を周囲に焼きつけ、彼は静まったその場に言い放った。
「こいつが……終結の、証だ。」
だらりと持たれた腕が手渡される。
震える手でそれを受け取ったが、その重みがずっしりと彼を襲った。
「これで……契約は終わったな、王女様」
振り返って笑った顔にはなぜか晴れ晴れとした表情が浮かんでいた。
向けられた王女は涙を流し、小さな声ではい、と返事をした。
こうして戦争は終わった。
勝利の歓声も敗者の言葉もないまま、ただ静かに幕を閉じた。
救世主の腕をその証として。
その戦争は10年前に終結。
そう、たった10年だ。
初投稿です、よろしくお願いします。