第二十八話 呼び戻す手紙と、守りたいもの
ベルナ滞在四日目。
アルド宛てに王都の正式印の書簡が届いた。
今度は王の補佐官名義。文面は簡潔で、期限は五日。
応じない場合、辞退無効の主張を抑えられない可能性がある――。
“可能性がある”。断定ではなく可能性。脅しの形だが、建前は情報共有。前世で貴族たちが使っていた手法と同じだ。直接の命令を避けて、“自主的な判断”を強いる。
紙一枚が、街道の空気を重くする。
アネスが言う。「強い言い方になったね。前は実務官だった。今度は補佐官」
格が上がっている。つまり、無視できなくなっている。
アルドは書簡を畳み、机の端を指で叩いた。
癖のない動作なのに、指先だけが苛立っている。
◇
その夜、アルドは一人で外へ出た。
珍しい沈黙が部屋に残る。レインは窓辺に肘をつき、アネスは茶を淹れ直していた。
レインが窓の外を見て呟く。「揺れてる」
アネスはセラに顔を向けた。
「私たちが言うより、響く言葉があると思う」
セラは首を振りかけて止めた。
なぜ自分なのかは分かる。
手放したものと奪われたもの。形は違うのに、痛みが似ている。アルドは”捨てた”側で、セラは”捨てられた”側。でも”選択の後に残る空洞”は同じ形をしている。
◇
アルドが戻ったのは夜更け。
テーブルの上にスープが置いてあった。アネスが用意して、先に寝た。レインも毛布を被っている。
セラだけが起きていた。
スープの湯気の中で、アルドはぽつりと聞いた。
「帰るべきだと思うか?」
セラはすぐに答えない。正解を探すと、何も言えなくなるから。
前世で学んだのは、“正しい答え”より”正直な答え”の方が遠くまで届くということだ。
「分かりません。王族のことは私には分からない」
正直に言ってから、セラは続けた。
「でも、脅され方で決めるのは嫌です。何を守りたいかで決めた方がいい」
アルドは息を吐いた。「守りたいもの、か」
セラは言葉を並べる。
「人。街道。現場。……全部は無理でも、優先は自分で決めるべき」
アルドは小さく笑う。「それが一番難しい」
その笑いに、自分が前世で押し込めたものが少し動く。
選ぶ権利。選ぶ責任。セラは前世でそれを奪われた。アルドは自分で選んで、その結果を背負っている。
◇
翌朝、方針が決まる。
王都へ戻る。ただし本城へ入らず、外郭会議館で辞退確認を通す。その代わり辺境補給と関税の遅れも要求として載せる。
レインが笑う。「言われたことだけやらないの、いいね。向こうの土俵じゃなくて、こっちの条件を入れる」
アネスは支部長に協力を求め、現場の証言を集める段取りを立てた。ベルナの状況がどれだけ逼迫しているか、数字と名前で示す書類。
セラは必要書類を濡らさないための封を作り、旅支度を整える。蝋と魔力で封じた防水の袋。地味だが、書類が濡れれば全てが台無しになる。
揺れた足元は完全には戻らない。
それでも、揺れたまま立つ方法がある。
セラはそれを一つ、言葉で掴んだ。




