第二十七話 国境都市ベルナの滞留者たち
南西の国境都市ベルナ。
門前から空気が重い。
荷を抱えた人々が列を作り、検問が長引いていた。
疲れた顔の子ども、苛立つ兵士、行き場のない商隊。列は門から百メートル以上伸び、路肩には座り込んだ老人や、泣く子どもを抱えた母親がいた。
隣国側の小競り合いと関税変更が重なり、滞留が増えている。
さらに王都の決裁停滞で現場の判断が遅れ、しわ寄せだけがここへ来ているらしい。
門兵の一人が声を荒げていた。「書類が足りない! 戻って書き直せ!」
言われた商人は膝を折りかけた。「三度目だ。何が足りないか教えてくれ」
門兵は答えない。答えられないのだ。王都からの指示が二転三転して、何が正しいか現場にも分からない。
宿へ向かう途中、荷を抱えた老人が座り込んでいた。
アネスが水を渡し、レインが荷を半分担ぐ。アルドは兵士へ道を訊ね、最短で宿へ案内した。
四人の動きに打ち合わせはない。必要なことを、見えた人がやる。
◇
ベルナのギルドには緊急依頼が積まれていた。
宿営地警備、給水所補助、物資搬送、街道の夜警。
派手な討伐より、街が崩れないための仕事ばかり。掲示板に貼られた依頼票は色褪せ、古いものは一週間前の日付だった。
受付嬢が疲れた声で言う。目の下に隈がある。
「戦える人はいる。でも、人の流れを見ながら動ける人が足りない。剣を振るだけなら傭兵で足りる。でも今必要なのは、列を整理して、争いを止めて、弱い人を先に助けられる人」
アルドは三枚の依頼票を取った。
レインが笑う。「地味だけど、うち向き」
◇
宿営地では、列が崩れると争いが生まれる。空腹と疲労と不安が重なると、人は些細なことで怒る。
セラは足元を土で固め、低い仕切りで導線を作った。
高さは膝丈。跨げるが、自然に列の形を作る。
“並び方が分からない”不安が、怒りに変わる前に形を与える。
風で砂を散らし、子どもが転びそうな所は土を平らにする。
“魔物を倒す”以外の魔法が、ここでは直接役に立つ。
前世のセラは攻撃魔法しか求められなかった。火力。範囲。精度。それだけ。でも魔法は本来、もっと広い使い方がある。
給水所では貴族風の一団が割り込みを始める。
アルドが穏やかな声で止め、レインの冷たい視線が余計な声を潰す。アネスは体調の悪い子を先に休ませ、列の圧を下げた。
◇
夜、搬送護衛で荷車を守ると、今度は盗みが出た。
犯人は滞留者の少年だった。十二、三歳。骨ばった手首。
殴り飛ばせば簡単だ。でもそれは火種を残す。腹が減って盗んだ少年を殴れば、周囲の滞留者の怒りがこちらに向く。
セラは氷で足元を滑らせ、逃げ道を塞いだだけで止めた。少年は尻餅をつき、盗んだパンを抱えたまま動けなくなった。
アルドが少年の前にしゃがみ、荷を確認した。パンが二つ。
「腹が減ってるなら炊き出しへ行け。三つ目の通りの角だ」
説教はしない。少年はしばらくアルドの顔を見て、パンを返し、走って行った。
宿へ戻る道でアルドが言う。
「王都の揉め事、こういう形で出るな」
セラは頷く。
政治の停滞は、紙の上だけで終わらない。街道にも水にも、子どもの喉にも影が落ちる。
ベルナで見た流れは、アルドの背負う過去と無関係ではない。
だから目を逸らさずに並ぶ意味がある。
セラはそう理解し始めていた。
そして少しだけ思う。もし自分が一人だったら、ここまで”人”に手を伸ばせただろうか、と。




