第二十六話 言えない記憶、言えること
襲撃の翌朝。
粥の湯気の向こうで、レインはいつもの調子で言う。
「昨日の連中、中途半端だった。殺す気なら矢に毒を塗る。脅す気なら人数が足りない」
軽口の形で重い現実を扱うのが、このパーティの癖らしい。
分析を冗談の皮で包む。受け取る側の負担が減る。
アネスはため息をつく。「雑な方が巻き込み増える。下手な私兵は読めないから怖い」
アルドは地図を広げ、街道外れの林道を指した。
「二日は人の多い道を避ける。急がない」
◇
荷をまとめていると、レインが近づいた。
「氷壁、ありがと。あれがなかったら荷台まで抜けられてた」
礼を言われ、セラは短く返す。「見えた位置に置いただけ」
レインは笑って、声を落とす。
「話したくないなら話さなくていい。ほんとに。俺もアネスも、聞かないって決められる」
聞かない自由を先に渡されると、逃げ道ができる。
逃げ道があると、逆に話しやすくなる。不思議だ。
セラは言える範囲だけを選んだ。
「昔、似た場面があって。その時はちゃんと動けなかった。味方がいなくなって、一人で残されて……動けなかった」
レインは黙って聞いていた。表情を変えず、相槌も打たず、ただ聞く。
「じゃあ昨日は動けたね」
レインの一言は軽いのに、セラの胸に残った。
過去の重さを否定せず、今の結果も消さない言い方だった。“大変だったね”でも”もう大丈夫だよ”でもなく、ただ事実を置いた。
◇
昼休憩で、アネスが隣に座る。
薬草を刻む手を止めず、視線も合わせず、ただ隣にいる。
「言える部分があるなら、共有して。動きやすいから」
アネスの”共有”は感情の話ではなく、情報の話だ。パーティとして動く時に何が危ないか。何がセラのパフォーマンスを落とすか。
セラは”感情”を”情報”に変えるように話す。
「役割として切られる空気が苦手。“お前が囮になれ”とか”お前を残して下がる”とか。そういう空気になると頭が白くなる」
アネスは即答した。
「分かった。そういう空気になりそうなら、私が先に声をかける。“セラ、大丈夫”じゃなくて、“セラ、次の手は?“って。意識を作業に戻す」
具体的だ。“気をつける”ではなく、何をどうするかが決まっている。
面倒かもしれない、とセラが言う前に、アネスは首を振る。
「面倒じゃない。パーティの共有。アルドの腰が冷えると動きが鈍る情報と同じ。対策があれば防げる」
その言い方は温かいのに、甘くない。だから受け取れる。
同情ではなく、運用。セラの弱さを”管理すべきリスク”として扱ってくれる。それがどれだけ楽か、アネスは分かっている。
◇
夕方、野営の準備でセラが足場を整えると、アルドが素直に言った。
「助かった。あそこ、ぬかるんでた」
セラは返事の代わりに頷く。
言えることだけで十分だと思えたのは、彼らが”全部言え”と言わないからだ。
夜、寝袋に入る前、セラは空を見上げた。
星は少なく、木々が風で鳴る。暗闇は前より薄い。
言えない記憶はまだある。前世のこと。勇者の顔。追放の瞬間。たぶん全部は言えない。
それでも、言えることを渡せば、旅は崩れにくくなる。
そういう形があるのだと、身体が覚え始めていた。




