第二十五話 夜道の襲撃と氷壁
ミルネを離れる夜。
昼に出れば目立つため、夕方に発ち小村で泊まる計画だった。
門を出る時、門兵が一瞬だけアルドを見て目を逸らした。知っている顔だ。しかし止めない。
アルドは小さく頷いて通り過ぎた。
門を抜けるまでは静かすぎるほど静かだった。
街の喧騒が遠ざかり、虫の声と自分たちの足音だけになる。月は薄雲の後ろに隠れ、道は暗い。
アルドは一里ごとに止まり、周囲の気配を確かめる。
警戒が増えた分、言葉が減る。必要な合図だけが飛ぶ。手の動き、足の向き、視線の先。声を出さない会話。
レインが手を上げる。「止まって」
次の瞬間、矢が闇から飛び、アルドが剣で弾いた。金属同士がぶつかる甲高い音が夜の道に響く。
闇から黒布の男たち。六人。盗賊にしては統率がある。動きに無駄がなく、散開の仕方が訓練されている。
◇
セラは街道中央に低い氷壁を立てた。
高さは腰ほど。越えられない壁ではなく、越えるのに一手間かかる壁。
突っ切るには手間がかかる高さ。稼ぐのは時間ではなく”一瞬”でいい。その一瞬でレインが弓兵を落とし、アネスが商人を荷車の陰へ誘導する。
アルドが正面を受け、セラは足元に土の拘束を流した。地面を柔らかくして足を沈ませる。
襲撃者の一人が叫ぶ。
「女の魔導士を先に――」
胸が冷える。
“先に潰せ”。前世の戦場で、敵将が同じことを言った。そしてパーティは――セラを残して下がった。“お前なら耐えられる”と言って。
置いていかれた足音が脳裏をかすめ、呼吸が浅くなる。視界が狭まり、手先が痺れる。
その瞬間、アルドの声が飛ぶ。
「セラ、下がらなくていい! 壁維持!」
命令ではなく信頼として置かれた言葉に、セラは意識を引き戻す。
下がらなくていい。つまり、ここにいていい。
氷壁の端を厚くし、回り込みを潰す。
レインが笑うように言う。
「こっち見てる余裕ないよね」
矢が膝を射抜く。正確な射撃。暗闘でこの精度は異常だ。
アネスの支援が背中を押す。回復ではなく強化。身体の巡りを良くし、反応速度を上げる魔法。
熱が身体の隅々まで回り、指先が動く。
セラは氷壁を維持しながら、火球の角度だけを変えて牽制した。
荷に燃え移らない。仲間に当たらない。逃げ道を塞ぐ。
三つの条件を同時に満たす角度は狭い。でも見える。四人で見ているから。
数分で終わった。
二人逃走、数人拘束。装備を見ると私兵崩れ。紋章は消してあるが、革の質と縫い目が揃っている。どこかの家の下働きだ。
商人は青い顔で言う。「貴族の揉め事に巻き込まれるのは御免だ」
セラはその言葉に、前世の自分が重なるのを感じた。巻き込まれた側の怒りは、巻き込んだ側には届かない。
◇
夜更け、宿の廊下でアルドが足を止める。
「顔色、変わった。戦闘中に」
見ていたのか。セラは短く答える。
「……嫌な思い出が少し」
アルドはそれ以上聞かず、先に謝った。
「巻き込んだ。悪かった」
セラは扉の縁を握って言う。
「置いていかれないのは……助かります」
アルドは笑わず頷いた。
「置いてかない。うちの決まりにしよう」
その言葉は刃より静かで強かった。
セラは初めて、夜の暗さより、人の言葉の方が怖いと知っている自分に気づいた。
怖いからこそ、信じたい言葉がある。




