第二十三話 アルドが王位を辞退した理由
第二十三話 アルドが王位を辞退した理由
ミルネ滞在二日目の夜。
会談を終えた宿の小部屋で、アルドが言った。
「今いいか」
レインは椅子を逆向きにして座り、アネスは灯りを少し落とした。
話をする場の作り方が、慣れている。重い話の前に、明るさを落とし、座り方を変え、空気を整える。三人の間でこうしたことが何度かあったのだろう。
◇
アルドが王位を辞退した理由をゆっくり話し始めた。
表向きは”向いてないから”。
半分は本当だとアルドは笑う。
「会議で三時間座ってるより、街道を三日歩く方が性に合う」
だが残り半分は、笑って言える話ではなかった。
継承争いの卓に立つたび、誰かが削られていく。
昨日まで味方だった人間が、今日は別の派閥につく。正しさの形が日替わりで変わる。
十二の頃にはもう、笑顔の裏に刃があることを知っていた。
十四の頃、教育係の老騎士が失脚した。
理由は小さな判断ミス――公文書の日付を一日間違えた。それだけ。しかし実際は派閥争いの巻き添えだった。反対派が”教育の不備”を口実にして攻撃した。
老騎士はアルドを庇った結果、家ごと潰れた。
「俺を庇ったんだ」
アルドの声は淡々としていた。感情を抑えているのではなく、何度も反芻して平らになった声だ。
「会議で、俺が余計なこと言ったのを隠そうとして。俺は正しいと思って発言した。でもあの場では”正しい”は武器にならなかった」
セラは息を呑む。
庇った結果、家ごと。貴族社会では起こり得る。罪ではなく”政治的な不都合”で人生が終わる。だからこそ重い。
「王位って、座る本人だけの話じゃない。周りの人生ごと燃やす席だ」
アルドは十七で辞退を決めた。
器がないからではなく、“座りたくない席”だったから。目の前の人間の顔が見える範囲で動きたかった、と。
「数字で語られる命を、名前で呼べる距離にいたい」
レインがぼそりと言う。「アルド、あのあと荒れた」
アネスが訂正する。「柱、五本折った。あと壺が三つ」
「壺は弁償した」アルドが苦笑する。
少しだけ空気が緩み、すぐ戻る。
笑いは逃げではなく、息継ぎに近い。
◇
セラの胸が痛む。
前世で自分は駒として扱われた。“勝つために必要だった”で片づけられた。セラの痛みは計算に入っていたが、セラの意志は計算に入っていなかった。
アルドはセラに問う。
「嫌だったか。王族って聞いて」
セラは言葉を選ぶ。
「嫌というより、不思議でした。そういう立場なのに、最初から私を駒みたいに見なかったのが」
アルドはあっさり頷く。
「駒扱い、嫌だろ」
その率直さに、セラは目を瞬いた。
貴族の世界では、遠回しに濁すのが普通だった。“立場上やむを得ない”とか”全体の利益のために”とか。アルドは飾らない。
話が終わり、二人きりになった廊下で、アルドが小さく言う。
「後悔はしてない。でも、面倒は増える」
セラは静かに返した。
「わかる気がします。捨てた方が見える景色もあります」
アルドの笑いは短く、苦い。
「……それ、救われるな」
セラは返事をしない。
感謝されると落ち着かない。
でも胸の奥で、何かが噛み合う音がした。
捨てたものがある人間同士の共鳴。それは同情とは違う。




