第二十二話 城都ミルネの夜会と名乗り
帰還要請を無視し続ければ街道に迷惑がかかる。
アルドは王都本城の手前、城都ミルネで中継役と会う道を選んだ。
「直接王都に入ると、出てこれなくなる可能性がある。ミルネなら、まだ動ける」
アルドの説明に、レインが頷く。「城の門は入る時より出る時の方が重い」
石畳は整い、門兵の装備は上質で、視線は鋭い。
門を通る時、兵士の目がアルドで止まり、次にセラに移った。
値踏みする視線。冒険者の装備と、この街の格が合わないと言いたげな目。
セラの腹の底が冷える。貴族の空気は”立場”を呼び起こす。
伯爵家にいた頃の記憶。見下される経験。“お前はこの場にふさわしくない”という無言の圧。
門をくぐる瞬間、アルドが歩幅を落とした。
「大丈夫か」
「……平気です」
平気、は嘘じゃない。ただ、平気でいるために力が要る。
◇
夜会は慈善寄付の名目で開かれ、実態は有力貴族が探り合う場だった。
広間は石造りで天井が高く、蝋燭の光が壁の彫刻に影を落としていた。楽団の音が低く流れ、給仕が銀の盆を運ぶ。香水と酒と、焼いた肉の匂いが混ざっている。
三人の立ち姿は、冒険者というより最初からこの場の住人だった。
アルドの姿勢、レインの視線の配り方、アネスの歩き方。全てが”慣れている人間”のそれだ。冒険者服のままなのに、違和感がない。
セラだけが借りた簡素なドレスに居心地の悪さを覚える。裾が長く、歩幅が狭くなる。武器も触媒も持てない。
アネスが背中の留め具を直しながら囁く。
「黙ってるのも作法。笑わなくていい。立ってるだけで十分」
その助言がありがたかった。
会場の端で囁き声が飛ぶ。
「あの娘、どこの家?」
「髪の色が珍しい……灰色?」
「冒険者を連れ込んだの?」
セラは顎を引き、表情を動かさない。伯爵家で身につけた”見られる顔”を使う。
感情を消すのではなく、読ませない。この技術が役に立つ日が来るとは思わなかった。
◇
老伯が微笑みの裏で言う。
「殿下が戻れば空気も和らぎましょう」
アルドは微笑んだまま線を引く。
「戻るとは言ってない。話を聞きに来ただけだ」
柔らかいのに譲らない。剣より鋭い言葉があるのだと、セラは知る。
同じ”断る”でも、アルドの断り方は壁ではなく線だ。越えられない距離を作るのではなく、ここまでは入っていい、ここからは入れない、という境界を引く。
会談の終盤、老伯がセラに目を向けた。
「そのお嬢さんは? 従者ですかな」
空気が薄く張る。“従者”という言葉に、所有の匂いが混ざっている。
セラの背筋が固くなった。前世で何度も聞いた言い方だ。“あの魔導士は誰の持ち物だ”。
アルドは迷わず言った。
「従者じゃない。うちの魔導士だ。Aランク冒険者のセラ」
家名は出さない。出自も語らない。
ただ所属と実力だけで境界線を作る。“従者ではない”が否定で、“うちの魔導士”が肯定。二つの言葉で、セラの立場を守った。
老伯はそれ以上踏み込めなかった。
◇
会場を出ると、セラの肩から力が抜けた。夜風が冷たい。
ドレスの裾が石畳に擦れる音が、やけに大きく聞こえた。
アネスが小声で言う。「うまくやったね。あの空気で顔色変えなかったの、すごい」
宿への帰り道、アルドが気にする。
「さっきの言い方、嫌だったら悪い。勝手に名乗りを決めた」
セラは首を振る。
「嫌じゃない。助かりました。線を引けた」
“うちの魔導士”。
所有ではなく、並びの言葉。“うちの”は”俺たちの”であり、“一緒にいる”の意味だ。
けれど胸の奥に落ちる熱は消えず、セラは自分の手のひらを握り直した。
あの場で、彼は迷わず”守る線”を引いた。
セラはその事実だけを、しっかり覚えた。




