第二十一話 王都の使者と、名前の衝撃
停留街を出て二日。雨は上がり、道は乾き始めていた。
茶屋で休憩を取っていると、紋章付きの馬が二騎、土煙を上げて止まった。
馬は上等な毛並みで、鞍に刻まれた紋章は王家のものだった。蹄の音だけで周囲の空気が変わる。旅人が道を空け、茶屋の主人が背筋を伸ばした。
使者の男はまっすぐアルドの前で馬を下り、低い声で呼んだ。
「アルド殿下」
空気が変わる。
旅人の視線が集まり、茶屋の主人が息を止めるのが分かった。
セラは表情を動かさないまま、背中だけが冷える。
殿下。王子。
アネスの言った”順番”は、これのことだったのだ。
アルドは淡々と返す。「ここではその呼び方はやめろ」
◇
裏手に移って書簡が出される。王家の蝋印。帰還要請。
蝋印の紋章は複雑で、偽造が難しい形だった。本物だ。
辞退表明をめぐり、貴族院が割れているという。
補佐官名ではなく、実務官の名。つまり”まずは回収して持ち帰れ”という指示に近い。
レインは軽口の形で釘を刺す。
「要請って言葉、便利だよね。命令にしたくない時に使う」
使者は苦い顔で頷く。「文面は要請です」
アネスが核心を突く。
「補給は? 税は? 検問は?」
使者は一瞬躊躇い、「北の駐屯地で決裁が遅れている」と答えた。
雪村の補給が来なかった理由。ハルカの検問が増えた理由。ベルナの噂。全てが一本の線で繋がる。
政治の停滞が現場へ届いている。
◇
使者が去ったあと、四人は茶屋の裏手に残った。
沈黙が重い。しかし重さの質が違う。怒りではなく、整理する時間だった。
アルドが最初に口を開いた。
「隠すつもりじゃなかった。言う順番を逃した」
セラは短く頷いた。
「王族だと知られると面倒なのは、本当でしょう」
怒りがないわけじゃない。知らなかった自分に対する苛立ちもある。
けれど、今までの積み重ねまで嘘だったわけでもない。スープを渡してくれた手、毛布をかけてくれた手、“入らなきゃいい”と言った声。あれは身分に関係なく、アルドという人間の動きだった。
セラはそこを切り分ける。感情と事実を分ける力は、前世で嫌というほど鍛えられた。
◇
夜、宿の部屋でアルドが言う。
「巻き込みたくないなら、ここで別行動でもいい」
逃げ道を先に置かれると、逆に選べる。
前世の勇者は逃げ道を塞いだ。“お前がいなければ勝てない”と言って、選択肢を奪った。
アルドは逆だ。“いなくてもいい”と言うことで、“いたい”を選ばせてくれる。
セラは首を振った。
「別行動はしません。入るって決めたので」
レインが笑い、アネスが少しだけ目を細める。
アルドは短く「助かる」と答えた。
その言葉のあと、アルドは一度だけ視線を逸らした。
弱さを見せたくない人の仕草だ。安堵と申し訳なさが混ざった目。
セラは思う。
王族だろうと何だろうと、人間の弱さは同じ形で出る。
なら、見落とさない。
王都の影は、歩く速度で追いついてくる。
だからこそ、ここで離れない選択を、セラは自分の言葉で言い切った。




