第二十話 雨の停留街と、噂の針
古塔の帰還から三日。街道で強い雨に捕まり、四人は停留街ハルカに足を入れた。
ハルカは街道の交差点にできた宿場町で、雨が降ると旅人が溜まる。安い宿が軒を連ね、屋根から雨水が滝のように落ちている。石畳は水浸しで、歩くたびに靴が鳴った。
旅人向けの宿場は雨音に沈み、移動の予定は白紙になる。
ソロなら焦った。止まれば稼ぎが減る。一日の宿代は一日の依頼報酬を食う。貯金がなかった頃は、雨の日も歩いた。
けれど今は資金管理が共有され、休む日も計算に入っている。アネスが帳簿をつけ、レインが相場を見て、アルドが判断する。
頭で分かっていても、身体のどこかが落ち着かない。“止まっている自分”への焦りは、簡単には消えない。
◇
宿の主人が濡れた布巾で机を拭きながら言う。
「王都方面の荷が遅れてる。検問が増えたせいでな。三日前に出た隊がまだ来ない」
アルドは曖昧に笑い、話題を変える。
話したくない話があるのは分かる。でも隠し方に棘がない。不自然に逸らすのではなく、自然に別の話題を拾う。セラはその技術を、少し感心して見ていた。
宿の食堂で装備の手入れをしていると、隣の席の行商人が連れに向かって言った。
「辞退した王子の派がまた揉めてる。貴族院で殴り合いになったって話もあるぞ」
セラの手が一瞬止まる。
レインの手も、ほんのわずかに止まった。剣の手入れ用の布が、一瞬だけ動きを止めて、すぐに再開する。
アネスは視線を上げず、薬草を刻み続ける。刻む速度が変わらない。
アルドだけが剣を拭き、いつも通りの顔をしていた。眉一つ動かない。
沈黙は一瞬で終わり、レインがわざとらしく肩をすくめる。
「王都って暇だよね」
行商人は笑い、話題は税へ流れた。
雨の音が、その一瞬の空気を消すように打つ。
◇
セラは気づいていた。アルドの身分にまつわる何かが、この三人の間にはある。
レインとアネスの反応は”知っている人間”の動きだった。動揺ではなく、動揺を隠す技術。
夕方、アネスが温かい茶を持って向かいに座った。
宿の窓から見える雨は弱まる気配がない。灰色の空が低く垂れ、街全体が水の底にいるようだった。
「気づくと思ってた」
アネスの声は小さいが、はっきりしていた。
全部は言えないが、いつか話すとアネスは言う。
隠している負い目ではなく、順番を守るための静けさ。
セラは頷く。「順番……逃さないでください」
アネスは小さく笑う。「逃さない。約束する」
◇
夜、アルドが関所の検問が厳しくなったと報告する。王都の命令らしい。
遠い会議が、旅の足を縛る。ハルカに足止めされている旅人の中にも、不満の声が増えていた。
レインは寝台に寝転んで天井を見ながら言う。
「王都の噂って、雨と同じ。降ってる間は止まらない」
セラは窓の向こうの雨を聞きながら思う。
“身分を隠す”と”騙す”は同じじゃない。
けれど違いを確かめるには、まだ時間が要る。
そして、確かめるためには、逃げずに見続けるしかない。




