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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第一章「追放と再生」

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第二話 隠された才、閉ざされた家

 セラの朝は、誰より早い。


 まだ空が白む前に起きる。


 顔を洗い、呼吸を整え、誰にも見つからないよう

 部屋を抜け出す。


 向かう先は、いつもの物置裏。


 前世なら眠気でぼんやりしていた時間だ。


 今は寝起きでも頭の中に訓練の順番が並んでいる。


 魔力循環。


 感知の拡張。


 火と風の基礎制御。


 障壁の展開速度確認。


 詠唱の短縮。


 十歳の身体で無理をしすぎれば壊れる。


 だから前世の知識で、負荷のかけ方を細かく

 調整していた。


 一か月で火と風を安定。


 二か月で水と土の基礎。


 三か月で簡易障壁。


 半年後には、前世の十二歳頃よりずっと上の

 制御精度に届いていた。


 もちろん、誰にも見せない。


 目立てば利用される。


 それはもう、嫌というほど知っている。


 感知訓練の中で、一つ思わぬ収穫もあった。


 周囲の魔力の動きを細かく読む訓練を繰り返す

 うちに、自分の体内の魔力の"見え方"

 ――外部からどう感知されるか――を、ある程度

 調整する感覚がつかめたのだ。


 完全に隠すことは無理だ。


 でも、出力の尖りを丸めたり、総量の上限を

 ぼかしたりくらいなら、意識すればできる。


 この先、何かと役に立つはずだった。


「セラ様、朝食のお時間です」


 控えめな声がして、セラは振り返った。


 使用人のマーサだ。


 屋敷の中で唯一、セラに露骨な敵意を向けない人。


 優しいというより、静かな人だった。


 詮索しない。


 余計なことを言わない。


 でも必要なことは、ちゃんと伝える。


「すぐ行く」


「お手元、汚れておりますよ」


「……ありがとう」


 マーサは軽く会釈して去っていく。


 その背中を見ながら、セラは一瞬だけ目を細めた。


 前世でも、マーサはこんなふうに距離を

 保っていた。


 かつてはその距離感が寂しかった。


 今は、ありがたいと思う。


     ◇


 朝食の席は、相変わらず息が詰まる。


 長い卓の上座に父である伯爵。


 その隣に正妻。


 向かいに嫡子リオンと嫡女ミレイユ。


 セラの席は端。


 家族の輪に入っているようで、最初から外に

 置かれている位置だ。


「遅いわね、セラ」


 正妻が柔らかく言う。


 言葉は柔らかいのに、温度がない。


「申し訳ありません」


 父は新聞から目を上げない。


 リオンは興味なさそうにパンをかじる。


 ミレイユだけが、ちらりとセラを見る。


 嫉妬と不安が混ざった目だ。


 前世にはわからなかったけれど、今ならわかる。


 ミレイユはセラ自身が嫌いというより、

 セラの"魔法の才"を恐れている。


 父の関心が自分から逸れることを、

 ずっと怯えていたのだ。


「来月、王都の巡回魔術師が来るそうよ」


 正妻が何気なく言った。


「子どもの適性測定をするらしいわ。

 リオン、ミレイユ、きちんと準備なさい」


 セラの手が、わずかに止まる。


 来た。


 前世でも同じ時期にあった行事だ。


 十一歳の春。


 地方貴族の子どもたちの適性測定。


 そこでセラは高い適性を示し、

 父に利用価値を見出される。


 同時に、家の中の空気が決定的に冷える。


「……セラも一応、出しなさい」


 父が新聞を折りながら言った。


「数だけはいたほうが体裁がいい」


「承知しました」


 かつてなら、少しだけ期待した。


 認められるかもしれない、と。


 でも今のセラにそんな気持ちはない。


 適性が高いとわかれば、便利に使われるだけだ。


 かといって、低すぎる結果を出せば不自然になる。


 つまり、加減が必要だった。


 目立ちすぎず。


 埋もれすぎず。


 使えるけれど脅威ではない、

 都合のいい範囲に収める。


     ◇


 巡回魔術師が来た日、屋敷の空気は朝から

 張りつめていた。


 王都の紋章入りの馬車が門をくぐるだけで、

 父の態度が変わる。


 正妻は上品な笑顔を貼り付け、

 使用人たちはいつも以上に忙しなく動く。


 セラは控え室で順番を待ちながら、

 静かに魔力を沈めていた。


 全部を隠すことは無理。


 でも尖りを丸めることはできる。


 先に測定を受けたミレイユが戻ってきた。


 唇をきつく結んでいる。


「どうだった?」


 セラが一応聞くと、ミレイユは目を逸らした。


「……普通、ですって」


 悔しさが声に滲んでいる。


 前世と同じだ。


 セラは何も言わない。


 慰めも励ましも、今のミレイユには毒になる

 だけだと知っているから。


「次、セラ」


 呼ばれて部屋へ入る。


 王都の魔術師が二人、記録係が一人。


 机の上には大きな水晶板。


 掌を乗せて魔力を流し込み、

 適性と総量を測る仕組みだ。


「力を抜いて、自然に流してください」


 自然に。


 セラは心の中で反芻する。


 自然に流せば、おそらく水晶板が異常な反応を

 返す。


 だから、細く均一に。


 わざと少し揺らぎを入れて、出力のピークを隠す。


 水晶板が光る。


 記録係がペンを走らせた。


「火・風属性に適性あり。総量は年齢相応の上位……

 いえ、もう少し上か」


 しまった。


 少し出しすぎた。


 器の大きさまでは完全に誤魔化せない。


 "少し上"程度で収まったのはむしろ幸運だ。


「ほう」


 父の声が弾む。


 喜んでいるのは娘の将来ではない。


 "使える札"が増えたことへの満足だ。


 そのうえ、魔術師の一人が首を傾げた。


「妙だな。流し方が整いすぎている」


 鋭い。


 やはり王都の魔術師は侮れない。


「誰かに習っているのか?」


「いえ。独学です」


 セラは目を伏せ、少しだけ肩をすくめた。


 幼い子どもらしく見えるように、わざと頼りなく。


「本を読んで……真似をしただけです」


 嘘ではない。


 "前世で読んだ本を"真似しているだけだ。


 魔術師は数秒セラを見たあと、笑った。


「器用な子だ。きちんと学べば伸びる」


「そうかそうか」


 父が満足そうに頷く。


 その横で、正妻の目が冷えた。


 ミレイユは俯き、リオンはつまらなそうに

 鼻を鳴らす。


 ああ、始まる。


 前世と同じように、この家の空気がもっと

 悪くなる。


 セラは内心でだけため息をついた。


 加減を誤ったかもしれない。


 もう少し凡庸に振る舞えたはずだ。


 けれど今更どうにもならない。


 ここからは、目立ちすぎた分を利用される覚悟で

 立ち回るしかなかった。


     ◇


 その日の夜、セラは訓練場所を変えた。


 物置裏はもう危ない。


 日中の視線が増えた以上、見つかる確率も上がる。


 屋敷外れの古井戸のそば。


 ここなら夜は人が来ない。


 月明かりの下、セラは掌を開いた。


 火球を三つ。


 風刃を二枚。


 水の槍を一本。


 土の杭を二本。


 それぞれを空中に維持し、互いの軌道が

 ぶつからないよう制御する。


 多重制御。


 前世でも習得に時間がかかった技術だ。


 十歳の身体には負荷が大きい。


 でも、今のうちから慣らしておきたい。


 汗が額を伝う。


 腕が震える。


 視界が少し白くなる。


 それでもセラは術を維持し続けた。


 魔王の間で足りなかったのは、最後の数秒だ。


 あと少し魔力が残っていれば。


 あと少し余裕があれば。


 その"あと少し"を埋めるために、今の無理がある。


「……まだ、足りない」


 術を消して、今度は障壁を展開する。


 半球の透明な膜。


 そこへ自分で風刃を撃ち込み、耐久を測る。


 一発目、持つ。


 二発目、揺らぐ。


 三発目、ひびが走る。


 弱い。


 前世の十六歳にも届かない。


 苛立ちが胸に滲んだ、そのときだった。


「セラ様?」


 声がして、セラは反射的に振り返った。


 マーサがランタンを持って立っている。


 障壁を見られた。


 胸の奥が一瞬だけ強張る。


 口止めは必要か。


 脅すべきか。


 ――そんな計算が勝手に回る自分に、

 少し嫌気がさした。


 でもマーサは、近づいてきてランタンを地面に

 置いただけだった。


「お怪我はありませんか」


「……ない」


「そうですか」


 それだけ言って、マーサはセラの手を見た。


 掌は赤くなっていた。


 訓練のしすぎで、指先も小さく震えている。


「冷やしたほうがよろしいです」


「いい。必要ない」


「では、せめてこれを」


 マーサは懐から小さな布を取り出した。


 湿らせた薬草布だ。


 掌に乗せると、ひんやりして少し楽になる。


 セラは言葉に詰まった。


 こういう、見返りのない手当ては苦手だ。


 受け取ると、期待してしまいそうになるから。


「……見たこと、言わないで」


「言いません」


 即答だった。


「私は、セラ様がご自分で選んだことをしている

 だけだと思っています」


 その言い方が、妙に胸に残った。


 同情じゃない。


 慰めでもない。


 ただ、セラの意思をそのまま認める言葉。


 胸の奥の、まだ凍り切っていない場所を

 触られる気がする。


「……ありがとう」


 やっとそれだけ言うと、マーサは深く一礼した。


「はい。おやすみなさいませ」


 マーサは一礼して去っていく。


 残されたセラは、手の中の薬草布を見つめた。


 温かいわけじゃない。


 優しい言葉でもない。


 でも、実用的なその気遣いが、妙に沁みる。


 夜風が吹く。


 井戸の石に触れると、冷たさが掌に移る。


 この家に居場所はない。


 それは変わらない。


 けれど、五年を生き抜く土台にはなる。


 セラは月を見上げた。


「もっと強くなる」


 誰に聞かせるでもない誓いが、夜に溶ける。


 十一歳の春。


 屋敷の中での立場が少し変わり始めても、

 やることは同じだ。


 ひたすら積み上げる。


 心を閉ざしたままでも、

力だけは裏切らないのだから。

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