第十七話 野営の火と、言わない過去
加入して一週間。
短期依頼を重ねるたび、セラは”自分の動きが四人の動きに変わる”感覚を覚えていった。
ソロの時は、自分の判断が全てだった。失敗しても成功しても、結果は自分だけに返る。
四人になると、判断の結果が波紋のように広がる。自分が左に動けば、レインの射線が変わり、アルドの踏み込みが調整され、アネスの立ち位置がずれる。一つの選択が四つの動きに影響する。
怖い。でも、その怖さに慣れてきている自分がいる。
ルドナへ戻る道中、アルドは戦闘の話より休憩の取り方を気にした。
「水、飲んだ? 喉乾く前に飲め」
セラは頷きつつも、内心では落ち着かなかった。
こういう気遣いは、前世では”役割を果たさせるため”にしか存在しなかったからだ。回復薬を渡されるのも、食事を取らされるのも、全て”次の戦闘で使うため”。消耗品の補充と同じだった。
アルドの気遣いは違う。たぶん。でも、違いを信じるのにまだ体力がいる。
◇
北の村へ薬品を運ぶ依頼は、戦闘がほぼない代わりに道が悪い。
秋の長雨で地面がぬかるみ、車輪が轍に嵌まる。馬が嘶き、御者が手綱を引く音が何度も響いた。
雨上がりの坂で車輪が沈んだとき、セラは土を締めて足場を作った。地面の水分を下の層に押し込み、表面だけを硬くする。派手な魔法ではないが、精度が要る。
アルドと御者の押し上げに合わせ、タイミングを計って地盤を支えた。
レインは枝を払って逃げ道を作り、万が一車が滑った時の退避路を確保する。アネスは荷の瓶を抱えた青年を落ち着かせ、「割れてない。大丈夫」と確認して見せた。
派手な勝利はないのに、四人の手が自然に噛み合った。
誰が指示したわけでもない。必要な場所に、必要な手が伸びる。この感覚は、前世のパーティにはなかった。あの頃は、全てが勇者の号令で動いていた。
◇
村に着くと、街道の疲れが嘘のように空気が変わった。
小さな家が十数軒、井戸を中心に並んでいる。畑は収穫を終えて茶色く、柵の中で痩せた山羊が鳴いていた。
村の子どもが荷の木箱を覗き込み、「それ、熱の薬?」と小声で聞く。
アネスが頷くと、子どもはほっと息を吐いた。口元が緩んで、目が少し潤む。
その仕草だけで、依頼票の文字が”人の命”に変わる。
セラは自分の指先についた泥を見下ろし、無言で拭った。世界を救わなくても、村一つの熱を下げることに意味がある。当たり前のことなのに、前世ではずっと見えなかった。
◇
村の倉庫を借り、火を囲む夜。
天井の梁に吊るされた干し草の匂い。壁の隙間から吹き込む風。火の粉が時々舞い上がり、闇の中で赤く消える。
レインが笑いながら言う。
「セラ、最初より顔が柔らかくなったよね」
セラは火の色に視線を逃がした。
“柔らかい”と言われると、弱くなったようで落ち着かない。ソロの二年間、硬い顔をしていたのは自覚がある。柔らかくなったのだとしたら、それは警戒が緩んだということで――。
「無駄な力が減っただけ」
そう返すと、アネスが湯の入った木杯を差し出す。
「冷えるから。喉、乾いてる」
木杯の縁から湯気が立つ。受け取ると、掌に温度が染みた。
その温かさに紛れて、セラは思わず零した。
「前は、礼を言うと借りになる気がしてた」
言ってから、しまったと思う。こんなことを口にするつもりはなかった。火の温度と湯の温度が、口を緩めたのかもしれない。
けれど三人は笑わない。
アルドが薪をくべる手を止めずに言った。
「借りでもいい。返したくなった時に返せば」
その返しが、妙に現実的で、セラは返事を失った。
“借りなんかじゃない”と言われるより、“借りでもいい”の方がずっと楽だ。否定されると逃げ場がなくなるが、受け入れられると選べる。
レインが火箸で薪をつつく。
「借りってさ、返すために作るんじゃなくて、繋がるためにできるんじゃない?」
アネスが呆れた顔で小突く。「詩人みたいなこと言わない」
「いいこと言ったと思うんだけど」
「だから恥ずかしいの」
二人のやり取りに、アルドが小さく笑った。火に照らされたその横顔は、城にいた人間のものではなく、野営に慣れた旅人のものだった。
◇
夜半、見張りに出ると空が澄んでいた。
星が多い。ルドナの街灯がない分、空の深さが違う。虫の声が遠くで鳴り、風が木の葉を揺らすたびに影が動く。
セラは倉庫の壁にもたれ、村の灯りを見た。小さな窓から漏れる橙色。誰かの暮らしがそこにある。
言わない過去はまだ多い。前世のこと。追放の本当の痛み。魔法を使うたびに蘇る記憶。全部を話す日が来るのかどうか、分からない。
扉が軋み、アルドが出てきた。
毛布を一枚、セラの肩にかける。触れるのは一瞬で、すぐ離れる。
「寒いだろ」
それだけ。
どうして起きたのかも聞かない。見張りの邪魔もしない。
踏み込みすぎない距離が、逆に楽だった。言わないままでも、同じ夜を共有できる。
毛布の温度が残るうちに、セラは息を吐いた。白い息が闇に溶ける。
怖さが消えたわけじゃない。
ただ、火がある場所を知った気がした。




