第十五話 大量発生と加入
鐘は東門、北門、西門と続けて鳴った。
街を囲むような警鐘に、ギルドの空気が一瞬で変わる。
伝令が飛び込んでくる。
「群れだ! 三方向同時! 数が多い!」
支部長が地図を広げ、班分けを叫ぶ。
「Bランク以上を主力! CとDは補助!」
「Aランクは各門の穴埋め!」
前世で見た光景だ。
ただ一つ違うのは自分の立場。
前世のこの時期、セラは勇者パーティにいた。
今はAランクのソロ冒険者としてここにいる。
セラは荷物を確認した。
予備魔石、回復薬、術札、短剣。
備えはある。
でも広域戦はソロに向かない。
「セラ! 北補助隊!」
リナに呼ばれ、セラは頷いた。
◇
北前線は、初手から最悪だった。
狼型、ゴブリン、甲殻種、牙猪。
種類が多く、動きがばらばらで対応しづらい。
補助隊の連携も浅い。
セラは前衛の後ろから障壁を張り、治癒役を守りつつ火力を投げる。
「左、空く! 一枚張る!」
隣班との隙間に障壁を差し込み、崩れかけを支える。
穴埋め、火力、索敵、指示。
ソロで守る戦いの限界が、じわじわ首を絞めてくる。
午後、地面が揺れた。
感知が警鐘を鳴らす。
「下がって! 下から来る!」
叫んだ直後、地面を割って大型甲殻種が現れる。
さらに奥にはもっと大きい反応――上位個体。
前世より早い。
前線に悲鳴が広がる。
「無理だ、下がれ!」
「門まで退くぞ!」
撤退判断は正しい。
でもこのまま崩れたら追撃で壊滅する。
セラは息を吸った。
やるしかない。
数秒でも足を止める。
喉の奥に、前世の笑い声が蘇る。
囮。使い捨て。裏切り。
足が止まりかける。
でも今は違う。
誰かに押しつけられたんじゃない。
自分で選ぶ。
セラは前へ出て、積層障壁を展開した。
「今のうちに下がって! 隊列組み直して!」
上位個体――岩殻ムカデの変異種が突っ込む。
一枚目が砕ける。二枚目にひび。三枚目が軋む。
腕が痺れ、膝が沈む。
重い。けど止まっている。
その時、風を裂く矢がムカデの目に突き刺さった。
「ナイス、レイン!」
黒髪の剣士が前へ滑り込む。
アルドだ。
砕けかけた障壁の隙間から、ムカデの頭部へ剣を叩き込む。
アネスの治癒の光がアルドとセラを同時にかすめた。
「セラ、下がれ!」
「まだ持ちます!」
「持つのはわかってる! 一人で抱え込むな!」
その言葉に胸が詰まる。
前世で一度も言われなかった言葉だ。
勇者パーティでは、セラが抱えるのが当たり前だった。
アルドは違う。
当たり前みたいに、セラの前に立つ。
レインが後方から弱点を射抜き、アネスが回復を回しながら声を飛ばす。
「呼吸して、セラ。詠唱が浅い」
はっとして息を吸う。
怖かったのだ。
また一人にされる気がして。
でも今は違う。
前に剣士がいる。
後ろに弓がいる。
治癒がある。
セラは障壁を解き、攻撃へ切り替える。
「右側面の継ぎ目! そこ弱い!」
「了解!」
風刃を一点に集中。
レインの矢が重なる。
アルドの剣が深く入る。
初めてのはずなのに、噛み合う。
◇
上位個体を落としたのは、アルドの一撃だった。
主を失った群れは崩れ、北前線は辛うじて持ち直す。
戦闘がひと段落したあと、セラはその場に膝をついた。
魔力切れに近い。手が震える。
「セラ。無事?」
アルドがしゃがみこんで聞く。
「……無事です」
「よかった」
“戦力として”じゃない。
“人として”無事でよかった、みたいな声だった。
アネスが小瓶を渡す。
「塩と糖。飲んで」
レインは少し離れて笑う。
「ほらね。無茶するタイプ」
言い返す余力はない。
小瓶の中身は甘くてしょっぱくて、体に染みた。
悔しい。
助けられたことも、ありがたいと思ってしまうことも。
でも、胸の奥の安堵は否定できなかった。
◇
大量発生は三日かけて収束した。
ギルドは臨時の治療所のようで、床に座り込む冒険者と治療班の往復でごった返している。
セラは壁際で包帯を巻き直していた。
掌の火傷が少し痛む。
でも生きている。
「隣、いい?」
アルドが座る。
「……何ですか」
「勧誘」
セラは思わずため息をついた。
「この状況で?」
「この状況だから」
アルドは真面目な顔になる。
「セラ。あの前線で、君は一人で抱え込んでた」
「でも、もうわかったでしょ。一人じゃきつい場面がある」
否定できない。
レインが肩をすくめる。
「俺たちも、君みたいな魔法火力がいると助かる」
「お互い得だよ」
アネスはセラの目線に合わせて言う。
「怖いなら、怖いままでいい」
「でも、うちではセラを一人にしない」
その言葉に、胸の奥が痛んだ。
セラはしばらく黙ってから、ゆっくり口を開く。
「……条件があります」
「聞く」
アルドが即答する。
「私は自分の判断で動きます」
「納得できない指示には従わない」
「それと、私を時間稼ぎ役に固定しないで」
一瞬、沈黙。
でもアルドはゆっくり頷いた。
「約束する」
「……理由、聞かないんですか」
「言いたくないことまで聞かない」
「でも、そうしてほしいって言われたなら守る」
レインも笑う。
「時間稼ぎなら俺もやるし。弓の仕事だしね」
アネスは柔らかく続けた。
「セラが嫌だったことは、うちではしない」
「それだけは最初に決めておくわ」
信用しきれない。
まだ怖い。
頭では口約束だと思っている。
なのに、胸の奥の凍った場所が少しだけほどける。
セラは無表情を作って言った。
「……あと、私は恋愛とか興味ないので」
「変な気遣いはいりません」
レインが吹き出し、アネスが肩を震わせる。
アルドは一拍置いて笑った。
「うん、わかった。変な気遣いはしない」
アネスが手を差し出す。
「じゃあ、改めて。よろしくね、セラ」
その手を数秒見つめてから、セラはゆっくり伸ばした。
「……よろしく」
アネスの手は、温かかった。
アルドが満足そうに笑い、レインが「やっとだ」と肩をすくめる。
◇
十五歳から十七歳まで、ソロで駆け抜けた二年間。
追放された少女が、誰にも頼らずAランクまで来た時間。
その終わりに、セラは初めて自分の意思で”仲間を持つ”ことを選んだ。
怖さは消えない。
信じきるには、まだ時間がいる。
それでも一歩は踏み出した。
囮としてじゃない。
使い捨ての駒としてでもない。
セラ自身の意思で。
新しいギルドカードを握りしめながら、セラは小さく息を吐く。
次の旅は、きっと前世より厄介で、ずっと騒がしい。
――でも、もう一人じゃない。
その事実を、セラはまだうまく言葉にできなかった。




