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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第一章「追放と再生」

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第一話 灰の記憶、十歳の朝

焼けた血の匂いが、喉の奥にこびりついていた。


 熱い。


 痛い。


 呼吸をするたび、肺の内側が裂けるみたいで、

 セラは石床に爪を立てた。


 視界の端で、巨大な角を持つ魔王が崩れ落ちる。


 胸を貫いた聖剣の光が、赤黒い霧を散らしながら 

 脈打っていた。


 ――討てた。


 たしかに、討てたのだ。


 なのに、耳に届いたのは勝利の歌ではなく、

 笑い声だった。


 三人分の声が重なる。


 剣士と、僧侶と、聖女。


 セラ以外の、勇者パーティのすべてだった。


「やったぞ! 終わった!」


「結界役、最後まで持ったな。

 思ったより使えたじゃん」


「まだ息ある? ……まあ、どっちでもいいか」


 その言葉を聞いた瞬間、セラの背筋が凍った。


 勇者パーティ。


 世界を救うために集められた、選ばれた者たち。


 セラは三年間、その一員として戦ってきた。


 誰より魔力を削って。


 誰より長く結界を維持して。


 誰より多くの魔物を焼いて。


 それでも――。


「……最初、から……」


 掠れた声で絞り出すと、剣士の男が面倒そうに

 振り返った。


「最初からだよ。魔王戦で囮は必要だった」


「お前、ちょうどよかったし」


「貴族の婚外子でしょ? 

 消えても困る人いないじゃない」


 聖女役の女が、口元を押さえて笑う。


 その笑い方まで、セラには覚えがあった。


 あの三年間の、何気ない違和感。


 休息を後回しにされた夜。


 回復を渋られた戦場。


 危険な前衛配置を押しつけられた作戦。


 全部、全部、最初から繋がっていたのだ。


 仲間だと思っていたのは、自分だけだった。


 悔しい。


 苦しい。


 でもそれ以上に、情けなかった。


 どうして信じたのだろう。


 どうして一度でも、居場所があると思ってしまった のだろう。


 視界が滲む。


 頬を伝うのが血なのか涙なのか、もうわからない。


 意識が沈む直前、セラの胸に残ったのは、

 怒りよりも冷たい誓いだった。


 ――もう、誰も信じない。


     ◇


 目を覚ましたとき、最初に感じたのは熱ではなく、 朝の冷たい空気だった。


 薄いカーテンが揺れている。


 木枠の窓。


 磨かれた床。


 高い天井。


 見覚えのある、けれど二度と見るはずのなかった

 部屋。


 セラは勢いよく起き上がって、自分の手を見た。


「……え?」


 小さい。


 腕も、指も、身体も。


 慌てて鏡を掴んでのぞき込む。


 そこに映っていたのは、十歳の自分だった。


 灰色がかった長い髪。


 まだ幼さの残る頬。


 強ばった瞳だけが、年齢に似合わず冷えていた。


 夢じゃない。


 頬をつねる。痛い。


 息を吸う。冷たい空気が肺に入る。


 確かに、生きている。


 そして――戻っている。


 セラは鏡を置き、ゆっくり呼吸を整えた。


 混乱はある。


 理解できないことだらけだ。


 神の気まぐれかもしれない。


 時間魔法の暴走かもしれない。


 魔王の呪いかもしれない。


 けれど理由なんて、今はどうでもよかった。


 大事なのは一つだけ。


 やり直せる、ということ。


 十五歳で伯爵家を追放。


 二年でAランク冒険者。


 十七歳で勇者パーティ加入。


 二十歳で魔王討伐、そして裏切られて死亡。


 その未来を、セラは鮮明に覚えている。


 なら、同じ道を歩かなければいい。


「……勇者パーティには入らない」


 声に出して言うと、胸の奥に一本芯が通った。


 あの場所に戻るつもりはない。


 あの笑い声を、二度と聞かないために。


 セラは拳を握る。


 十歳の身体は小さく、魔力の器も未熟だ。


 けれど感覚は残っている。


 魔力回路の開き方。


 詠唱の圧縮。


 属性変換の手順。


 戦場での間合い。


 全部、全部、身体の奥に刻まれている。


 五年ある。


 追放までの五年で、前世の力を取り戻す。


 いいえ――取り戻すだけじゃ足りない。


 追い越す。


 前世の自分を。


 裏切られるしかなかった弱い自分を。


 誰にも頼らない。


 誰にも期待しない。


 期待しなければ、裏切られない。


 セラは窓を開けた。


 朝の空気が、髪を揺らす。


 屋敷の庭の端、古い物置の陰が見える。


 前世でも人目の少なかった場所だ。


 あそこなら、今日から訓練を始められる。


 セラは部屋を出た。


 廊下で使用人とすれ違う。


 軽く頭は下げられるが、誰も深くは関わらない。


 伯爵家の婚外子。


 扱いに困る存在。


 その距離感は、前世と変わらない。


 けれど今のセラには、むしろ好都合だった。


 放っておいてくれるなら、そのほうがいい。


 物置の裏へ回る。


 地面にしゃがみこみ、指で簡易術式の線を描く。


 十歳の身体でいきなり高位魔法は無理だ。


 まずは基礎。


 小さく、正確に。


「火よ、灯れ」


 指先に小さな火が灯る。


 豆粒ほどの火。


 すぐ揺らいで消える。


「……もう一回」


 再度、魔力を流す。


 今度は少し長く保つ。


 三回、五回、十回。


 火は少しずつ安定していく。


 掌に伝わる熱が、確かな手応えに変わっていく。


 額に汗が滲む頃には、拳大の火球が浮かんでいた。


 十歳としては異常だろう。


 でも、足りない。


 まだ全然足りない。


 前世で魔王の前に立った自分は、

 こんなものじゃなかった。


 セラは火球を消し、今度は風を練る。


 手のひらの上で、見えない刃を薄く作る。


 制御を誤れば自分の指が切れる。


 だから慎重に、細く、鋭く。


 術が形になるたび、セラの胸は少しずつ落ち着いて いった。


 できる。


 やれる。


 やり直せる。


 前世の絶望は消えない。


 裏切られた痛みも消えない。


 けれど、その記憶があるからこそ、

 今度は間違えない。


 朝日が高くなり、屋敷の中からセラを呼ぶ

 声がした。


 朝食の時間だ。


 遅れれば嫌味を言われる。


 それも前世と同じ。


 セラは立ち上がり、土のついた手を払った。


 幼い掌には、かすかな熱が残っている。


 二度目の人生の始まりを、セラはようやく

 実感した。


 今度は、同じ終わり方をしない。


 そのために必要なのは、強さだ。


 誰よりも、圧倒的な強さ。


 セラは無表情のまま屋敷へ戻る。


 その胸の奥には、十歳の少女には似合わない、

 灰のように冷たい決意が静かに燃えていた。

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