ep.93 年越しの火、準備のはじまり
夕方の火の輪は、少しだけそわそわしていた。
焚き火の周りに、いつもより多くの人が集まっている。
ミミルが、ぱたぱたと走り回りながら叫んだ。
「みんな~! 年越しの火の準備するよ~!」
孝平が笑いながら薪を抱えてくる。
「年越しの火って、特別なの?」
「うんうん~! 一年の“ありがとう”を燃やす火なの~!」
ヒメルが荷袋を抱えたまま首をかしげる。
「ありがとうを……燃やす?
なんだか商売になりそうな言い回しね」
「商売にしないでよ~!」
ミミルが笑いながらヒメルの腕を引っ張る。
■ モント、風を読む
モントは風鈴の下で、静かに風の流れを観察していた。
「……風が変わった。
昼よりも、火に寄っている……?」
波留が薪を置きながら言う。
「年越しの火はね、風が“寄ってくる”んだよ。
火の輪の風は、火が好きだから」
モントはその言葉を、まるで研究材料のように反芻した。
「……火が、風を呼ぶ……
理屈では説明できないけれど……
確かに、そう感じます」
■ トモエ、鍋を任される
トモエは焚き火の前で腕を組んでいた。
「……この鍋、素朴すぎるねぇ。
でも、火の味は悪くない」
孝平が笑う。
「じゃあ、年越しの料理、お願いしてもいい?」
「任せな。
腹が満ちれば、心も満ちる。
それが料理人の仕事さ」
トモエは包丁を取り出し、野菜を手際よく刻み始めた。
■ 双子、音を集める
ルナとルカは、風鈴の音に合わせて歩き回っていた。
「ねえ、ルカ。
この音、いつもより明るいよ」
「うん、ルナ。
“お祝いの色”が混ざってる」
孝平が笑う。
「音に色があるって、どんな感じ?」
「ひみつ~」
「ひみつ~」
二人は同時に笑った。
■ レーゲン、剣を置く
レーゲンは、焚き火のそばで剣を外し、そっと地面に置いた。
「……年越しの火の前では、剣はいらないな」
ガルドがうなずく。
「ここでは、守るより“温まる”ほうが大事だ」
レーゲンは、火の揺れを見つめながら小さく息を吐いた。
「……悪くない」
■ ネーベル、火の音を聞く
ネーベルは、焚き火の前で静かに目を閉じていた。
「……この火は、語りたがっている。
“今年のことを、燃やしていいよ”と」
ソレイユが隣に座る。
「……火が、そう言ってるの?」
「ええ。
火はね、言葉ではなく“音”で語るんです」
ソレイユは風鈴を見上げた。
ちりん。
「……じゃあ、わたしの“名前の種”も……
この火に温めてもらえるかな」
ネーベルは微笑んだ。
「きっと、いい音になりますよ」
焚き火の周りに、
新旧の暮らし手たちが集まっていく。
風が吹いた。
風鈴が、ちりん、と鳴る。
その音は、まるで
“ここから一緒に年を越そう”
と告げているようだった。
火の輪の夜に、
年越しの火の準備が始まった。
今回は、火の輪の“年越しの火”の準備が始まる回でした。
新来訪者6名が自然に輪へ混ざり、
火の輪の暮らしが一気に広がっていく様子を描きました。
ヒメルは“物と心の交換”の気配を持ち込み
モントは風の変化に気づき
トモエは焚き火料理に腕を振るい
双子は音の色を集め
レーゲンは剣を置き
ネーベルは火の音を語る
そしてソレイユの“名前の種”も、
この火の前で静かに温まり始めています。
次回は、年越しの火が“ひとつの輪”になる回。
火の輪の暮らしが、さらに深く、あたたかく重なっていきます。
それじゃ、また火のそばで。




