ep.91 風の向こうから、三つの影
昼前の火の輪は、やわらかな風が吹いていた。
ミミルが干した布を取り込みながら、ふと海の方を見た。
「……あれ~? また来てるよ~。三人~」
波留が目を細める。
「今日はずいぶん賑やかだな」
「ううん~、なんかね、“暮らしの匂い”がする三人~」
孝平も浜辺に出て、ゆっくりと近づいてくる影を見つめた。
■ ひとり目:旅商人・ヒメル
最初に現れたのは、荷袋を抱えた女性だった。
明るい笑顔の奥に、長旅の疲れがにじんでいる。
「はぁ……助かった……!
あんたたち、この島の人?」
孝平がうなずく。
「火の輪へようこそ。大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、大丈夫にするわ!
私はヒメル、旅商人よ。
……気づいたら海の上で、気づいたらここにいたの」
荷袋の中には、布や小物がぎっしり詰まっている。
ミミルが目を輝かせた。
「わぁ~、いっぱい持ってる~!」
「売り物よ。でも……今日は休ませて。
商売より、まずは火にあたりたいわ」
ヒメルは荷袋を抱えたまま、焚き火のそばに座り込んだ。
■ 二人目:精霊研究者・モント
次に現れたのは、白い外套をまとった女性。
手には分厚い観測ノート。
「……ここは……風の流れが……奇妙」
波留が声をかける。
「風が変?」
モントは風鈴を見上げ、静かにうなずいた。
「ええ。風が……“静かすぎる”。
精霊の気配が薄いのに、音だけが澄んでいる。
私はモント。精霊の流れを研究している者です」
ミミルが笑う。
「火の輪の風鈴はね~、“静けさの音”なんだよ~」
モントはその言葉を反芻するように、そっと風鈴に手を伸ばした。
「……静けさの……音」
■ 三人目:元料理人・トモエ
最後に現れたのは、丸い体つきの女性。
腕まくりをし、腰には小さな包丁。
「はぁ……はぁ……
ねえ、あんたら……ここで料理してんの?」
ミミルがぱっと笑った。
「うんうん~! いまお昼の準備してるよ~!」
トモエは鍋の匂いを嗅ぎ、眉をひそめた。
「……素朴すぎるねぇ。
でも、腹が減って死にそうだよ……
私はトモエ。元料理人さ」
孝平が笑いながら、焚き火のそばへ案内する。
「まずは温まって。
火の輪では、火の前に座るのが最初の掟だから」
三人が焚き火のそばに座ると、
風が吹いた。
ちりん。
風鈴が、やわらかく鳴る。
ヒメルは荷袋を抱えたまま目を細め、
モントは風の流れを読むように耳を澄ませ、
トモエは鍋の匂いにほっと息をついた。
孝平は火を少し強めながら言った。
「火の輪へようこそ。
ここでは、まず“休む”ことから始まるんだ」
火の輪に、
新しい三つの暮らしが加わった。
今回は、火の輪に新たな来訪者が現れる回でした。
ヒメル(旅商人)
モント(精霊研究者)
トモエ(元料理人)
三人とも、火の輪の“暮らし”と相性の良い人たち。
それぞれが違う形で火の輪の風鈴や焚き火に反応し、
島の輪が少しずつ広がっていきます。
次回は、火の輪の“音”に導かれてやってくる三人の回。
双子のルナ&ルカ、元兵士レーゲン、語り部ネーベル。
火の輪の静けさが、さらに深まっていきます。
それじゃ、また火のそばで。




