ep.90 ソレイユ、名前を探す
朝の光が、火の輪の海をきらりと照らしていた。
ソレイユは、焚き火のそばで小さな貝殻を並べていた。
「……この音、好き」
耳に当てると、かすかな潮騒が響く。
昨日、孝平からもらった“記憶貝”だ。
「ソレイユちゃん、なにしてるの~?」
ミミルが、しっぽを揺らしながら近づいてきた。
「……名前を、探してるの」
ソレイユは、貝殻をそっと撫でた。
「“姫”じゃない名前。
誰かの象徴じゃなくて……
わたし自身の名前を、持ってみたいの」
ミミルはぱっと笑った。
「いいね~! じゃあね~、好きな音とか、好きな色とか、
そういうのから探すといいよ~」
「好きな……音」
ソレイユは、風鈴を見上げた。
ちりん。
風が吹き、やわらかな音が落ちてくる。
「……この音、好き。
胸の奥が、すうってする」
「じゃあね~、“音の名前”にしてみる~?」
「音の……名前」
ソレイユは、風鈴の下に立ち、そっと目を閉じた。
ちりん。
火の揺れと、潮の匂いと、風の温度。
それらが混ざって、ひとつの音になる。
「……こんな名前がいい。
“誰かのため”じゃなくて……
わたしのための名前」
ミミルはうんうんとうなずいた。
「うんうん~! それが火の輪の“名乗り”だよ~」
ソレイユは、胸に手を当てた。
「まだ決まらないけど……
でも、探してみたい。
この音に似た……わたしの名前を」
風が吹いた。
風鈴が、ちりん、と鳴る。
その音は、まるで
“ゆっくりでいいよ”
と告げているようだった。
火の輪の朝に、
ひとつの“名前の種”が蒔かれた。
今回は、ソレイユが“姫ではない名前”を探し始める回でした。
彼女はこれまで、
誰かの象徴であり、
誰かの願いを背負い、
自分の名前を“自分のもの”として扱えなかった人です。
火の輪の風鈴の音は、
そんな彼女の心にそっと触れ、
“自分のための名前”という新しい願いを芽生えさせました。
まだ名前は決まりません。
でも、名前とは“決めるもの”ではなく、
“育てるもの”なのかもしれません。
次回からは、火の輪に新たな来訪者が現れ、
暮らしの輪がさらに広がっていきます。
それじゃ、また火のそばで。




