ep.88 エトワール、祈りの布を織る
昼下がりの火の輪は、ゆるやかな風が吹いていた。
焚き火のそばに、エトワールが静かに座っている。
膝の上には、細い糸と、小さな織り機。
彼女は指先で糸をすくい、ゆっくりと布を織っていた。
「……きれい~。なに作ってるの~?」
ミミルが、しっぽを揺らしながら覗き込む。
「祈りの布です。
疲れた者の枕元に置くと、心が落ち着くように……
そう教わってきました」
エトワールは、淡い微笑みを浮かべた。
「でも……ここでは、少し違う気がして」
「ちがう?」
ミミルが首をかしげる。
エトワールは、織りかけの布をそっと撫でた。
「祈りは“誰かのため”に捧げるものだと思っていました。
けれど火の輪では……
祈りより先に、“自分があたたまること”が大事なのですね」
ミミルはぱっと笑った。
「そうだよ~。火の輪はね、
“あったかい人が、あったかい祈りをする”場所なの~」
エトワールは、少しだけ目を伏せた。
「……私は、ずっと逆でした。
祈りのために、自分を削ってきた。
でも……ここに来て、ようやく気づいたのです」
風が吹いた。
風鈴が、ちりん、と鳴る。
エトワールはその音に、そっと耳を澄ませた。
「この音は……“休んでいい”と言っているように聞こえます」
「うんうん~。火の輪の風鈴はね、
“がんばりすぎないで”って言ってくれるの~」
エトワールは、織り機を抱え直した。
「……では、この布は“祈り”ではなく、
“休むための布”にしましょう」
「いいね~! それ、火の輪っぽい~!」
エトワールは、糸をすくいながら微笑んだ。
「祈りは、あとでいい。
まずは……私が、あたたまらないと」
火の輪の午後に、
ひとつの“やさしい祈り”が形になり始めていた。
今回は、エトワールが“祈り”の形を変えていく回でした。
彼女はこれまで、
誰かのために祈り、
誰かのために癒し、
自分を後回しにしてきた人です。
けれど火の輪では、
“まず自分があたたまること”が大切で、
そのあたたかさが自然と誰かに届いていきます。
祈りの布は、
誰かを救うための道具ではなく、
自分が休むための布へ。
その小さな変化が、
エトワールの心をそっとほどいていきます。
次回は、ルアが“記録”と“暮らし”の間で揺れる回。
火の輪の音が、彼の手帳に新しい言葉を刻み始めます。
それじゃ、また火のそばで。




