ep.85 ガルド、薪を割る
朝の光が、火の輪の浜辺に差し込んでいた。
潮の匂いと、焚き火の残り香が混ざり合う。
ガルドは、ひとりで薪の山の前に立っていた。
大きな手に、重い斧を握っている。
「……ふむ」
斧を振り上げ、まっすぐに振り下ろす。
薪がぱきりと割れた。
「ガルドさん、朝から働き者だね」
孝平が声をかけると、ガルドはわずかにうなずいた。
「……姫様のためだ。
火が弱れば、寒さで体調を崩される」
「うん。でも、そんなに急がなくても大丈夫だよ。
火の輪の薪割りは“力”より“リズム”なんだ」
「リズム……?」
ガルドは眉をひそめた。
孝平は、ガルドの隣に立ち、軽く斧を構える。
「こうやって、呼吸に合わせて……
力を入れすぎないで、落とすだけ」
孝平が振り下ろすと、薪はすっと割れた。
ガルドはしばらく黙って見ていたが、
やがて、深く息を吸い込んだ。
「……試してみる」
斧を持ち直し、呼吸を整える。
振り上げ、振り下ろす。
ぱきん。
さっきよりも、ずっと軽い音だった。
「……割れた」
「でしょ。火の輪ではね、
“守る力”より“暮らす力”のほうが大事なんだ」
ガルドは、斧を見つめたまま小さくつぶやいた。
「……剣を置く夜の次は、斧を置く朝か。
不思議な島だな」
「不思議だけど、悪くないでしょ?」
孝平が笑うと、ガルドはほんの少しだけ口元を緩めた。
そのとき、風が吹いた。
風鈴が、ちりん、と鳴る。
ガルドはその音に、わずかに目を細めた。
「……姫様も、この音を聞いているだろうか」
「聞いてるよ。
火の輪の音は、みんなに届くから」
ガルドは斧をそっと置いた。
「……なら、もう少しだけ薪を割ろう。
姫様が寒くないように」
孝平はうなずいた。
火の輪の朝に、
ひとつの“力の使い方”が変わり始めた。
今回は、ガルドが“力の使い方”を変えていく回でした。
これまでの彼にとって力とは、
姫を守るための剣であり、
敵を退けるための盾でした。
けれど火の輪では、
力は“暮らしを支えるためのもの”へと姿を変えていきます。
薪を割るという、ただそれだけの行為。
しかしそこに、ガルドの中の“新しい役割”が芽生えはじめています。
剣を置く夜。
斧を置く朝。
そして、火の輪で迎える次の一日。
ガルドの変化は、まだ始まったばかりです。
次回は、ルージュが“守る”という言葉の意味を見つめ直す回。
火の輪の静けさが、彼女の心にも小さな風を吹かせます。
それじゃ、また火のそばで。




