ep.83 火の輪に、名を問う
夜、焚き火のまわりに、全員が集まっていた。
火の輪に来てから、初めての“全員の食卓”。
焼き魚と野菜の煮込み、そして昼に焼いたパンが並ぶ。
「……今日は、ちょっとだけ話をしようと思って」
孝平が、火の前に立った。
「ここに来て、数日が経った。
みんな、少しずつ火の輪の暮らしに慣れてきたと思う。
だから、あらためて聞きたいんだ。
“あなたたちは、ここで何を残したいですか?”」
沈黙が落ちた。
火の音だけが、ぱちぱちと響いている。
最初に口を開いたのは、エトワールだった。
「……私は、“祈り”を残したい。
誰かのために手を差し伸べること。
それが、ここでもできるなら……私は、ここにいたい」
「私は、“記録”を残したい」
ルアが、手帳を胸に抱えながら言った。
「この島の暮らし、火の音、精霊の気配。
すべてが、記すに値する。……私は、見届けたい」
「俺は……」
ブランが、少しだけ言葉を探す。
「“剣を抜かない日々”を、残したい。
それが、どんなものか……ここで知りたい」
「わたしは……まだ、わからない」
ミニョンが、火を見つめながらつぶやく。
「でも……今日焼いたパン、ちょっとだけ楽しかった。
だから……“わからないままでも、いていい”なら、ここにいたい」
「ミニョン様がいるなら、私は当然ここに」
ルージュが、きっぱりと言った。
「……でも、火の輪の人々を見ていて思った。
“守る”って、剣だけじゃないのかもしれない」
「わたしは、“名前”を残したい」
ソレイユが、まっすぐに顔を上げた。
「ここで、“姫”じゃない名前を持ってみたい。
誰かの娘でも、誰かの象徴でもなくて……
わたし自身の名前を、火の輪に置いてみたい」
ガルドは、何も言わなかった。
けれど、そっとソレイユの隣に座り、
その小さな肩を守るように、火を見つめていた。
孝平は、うなずいた。
「ありがとう。……それで、十分だよ。
火の輪は、名を問うけど、答えを急がない。
“ここにいたい”って思ったら、それが名乗りになる」
風鈴が、やわらかく鳴った。
火の音と重なって、夜の空気に溶けていく。
火の輪に、新しい“名”が灯った夜だった。
今回は、来訪者たちが“火の輪に名乗る”回でした。
それは、ただ名前を言うことではなく、
“ここにいる理由”を、自分の言葉で見つけること。
火の輪の暮らしが、彼らの心に少しずつ根を張りはじめています。
ソレイユの「姫じゃない名前を持ちたい」という言葉は、
この町が“新しい自分を育てる場所”であることを象徴しているようでした。
次回からは、それぞれの“暮らしの芽”が動き出します。
火の輪の年の瀬に、小さな変化の風が吹きはじめます。
それじゃ、また火のそばで。




