ep.80 騎士たちの焚き火
夜の火は、昼よりも静かだった。
薪がはぜる音が、星の下に小さく響いている。
焚き火のまわりに、騎士たちが座っていた。
ブラン、ルージュ、ガルド。
それぞれの鎧は、まだ潮と煤の匂いを残している。
「……火を囲むのは、久しぶりだ」
ブランが、ぽつりとつぶやいた。
「いつもは、背を向けて立ってるからな。
火を背にして、誰かを守るのが“騎士”だと思ってた」
「ここでは、火を囲むのが先だよ」
波留が、湯を注ぎながら言った。
「火の輪では、誰かを守る前に、
まず自分があったまる。……それが基本だ」
「……それじゃ、誰かが襲ってきたら?」
ルージュが眉をひそめる。
「そのときは、火が教えてくれるさ。
でも、今は誰も襲ってこない。
だから、火を見て、湯を飲んで、眠る」
「……不思議な場所だな」
ガルドが、火を見つめたまま言った。
「この静けさが、逆に落ち着かない。
けれど……悪くはない」
「そういうもんだよ」
波留が笑う。
「俺も最初はそうだった。
でも、ここにいると、だんだん思い出すんだ。
“剣を抜かない夜”のことを」
「……剣を抜かない夜、か」
ブランが、そっと腰の剣に手を添えた。
けれど、それを抜くことはなかった。
「……火の音って、こんなに静かだったんだな」
「静かだけど、ちゃんと話してるよ」
波留が、火に薪をくべる。
「“今は、眠っていい”って。
“明日も、火はここにある”って」
その夜、騎士たちは剣を置き、
火のそばで、ただ静かに座っていた。
風が吹いた。
火が揺れた。
そして、誰も何も言わなかった。
それが、火の輪の夜だった。
今回は、騎士たちが“火を囲む”回でした。
剣を抜くことが日常だった彼らにとって、
火の輪の静けさは、最初こそ戸惑いの種でした。
けれど、火の前に座ることで、
彼らの中にも“眠っていた感覚”が、少しずつ目を覚ましはじめています。
波留の言葉が、火の音と重なって、
彼らの心に届いていく――
そんな夜の静かな変化を描きました。
次回は、ミミルの提案で、姫と令嬢が“パン作り”に挑戦する回。
火の輪の暮らしが、少しずつ彼女たちの心をほどいていきます。
それじゃ、また火のそばで。




