ep.79 癒しの手、土の上に
昼下がりの畑は、風がやわらかかった。
冬の陽ざしが、土の表面をじんわりと温めている。
「……この土、やわらかいですね」
エトワールが、しゃがみ込んで土をすくった。
指先に残るぬくもりと、かすかな湿り気。
その感触に、彼女の表情が少しだけほどける。
「昨日、雨が降ったからね」
孝平が、隣で鍬を置いた。
「この島の土は、乾きすぎず、湿りすぎず。
精霊が、ちょうどいい加減にしてくれてるんだと思う」
「……精霊、ですか」
エトワールは、そっと手を土に当てた。
その動きは、まるで誰かの額に触れるように、やさしかった。
「癒しの術も、もとは“触れること”から始まります。
体の痛みも、心の痛みも……まずは、触れて、知ることから」
「クラフトも、似てるかもな」
孝平が、土の中から小さな石を取り出す。
「素材に触れて、声を聞いて、どう活かすかを考える。
“治す”っていうより、“育てる”に近いかもしれないけど」
「……この土、眠ってますね」
エトワールが、ぽつりとつぶやいた。
「でも、呼べば応えてくれそう。
静かに、でも確かに、命の気配がある」
その言葉に、ミミルがふらりと現れた。
「うん~、エトワールさん、ちょっと“聞こえてる”の~」
「聞こえてる?」
「うんっ。土の中の“ゆらぎ”とか、“芽の予感”とか~。
そういうの、ちゃんと感じてるの~」
エトワールは、土に手を当てたまま、目を閉じた。
しばらくして、そっと息を吐く。
「……この島、静かですね。
でも、静かすぎない。……ちゃんと、生きてる」
「それが、火の輪だよ」
孝平が笑った。
「静かだけど、眠ってない。
誰かが手を伸ばせば、ちゃんと返してくれる」
その日の夕方。
エトワールは、畑の隅に小さな花を植えた。
名も知らぬ、白い花。
風に揺れて、まるで誰かの祈りのようだった。
今回は、エトワールと孝平の静かな交流を描く回でした。
“癒し”と“クラフト”――
どちらも、素材や命に“触れる”ことから始まる営み。
その共通点が、ふたりの間に小さな橋をかけてくれました。
そして、エトワールの中にある“精霊への感応”が、
火の輪の暮らしと、少しずつ共鳴しはじめています。
次回は、騎士たちが夜の火を囲み、
波留と語り合う回です。
剣ではなく、火を前にしたとき、彼らの心に何が残るのか――
それじゃ、また火のそばで。




