ep.76 風鈴が鳴った朝
朝、風鈴が鳴った。
いつもと同じ場所、同じ音――のはずだった。
けれどその日は、音の揺れ方が、どこか違っていた。
「……風が、変わったな」
波留が、焚き火のそばでつぶやいた。
孝平は、干し魚を裏返しながら顔を上げる。
「風?」
「うん。昨日までと、潮の匂いが違う。
……遠くの海の、焦げた木の匂いが混じってる」
浜辺に出ると、空は晴れていた。
けれど、水平線の向こうに、黒い影が浮かんでいた。
「……あれは、船?」
孝平が目を細める。
波留は、すでに足を海に踏み入れていた。
「帆が裂けてる。……流されてるな。
火の輪の西、岩礁の方へ向かってる」
「……行こう。放っておけない」
舟を出すと、風が背中を押した。
波は穏やかで、けれど確かに“何か”を運んでいた。
やがて、船影が近づく。
それは、白い帆の大きな帆船だった。
けれど、帆は裂け、マストは傾き、
船体の一部は黒く焦げていた。
「……難破船、か」
波留が、舳先から身を乗り出す。
「人が……いる!」
孝平が叫んだ。
甲板の影に、いくつもの人影が倒れていた。
その中のひとりが、かすかに手を伸ばす。
「……たすけ……て……」
火の輪の舟が、帆船に横づけされた。
孝平と波留が乗り移り、ひとりずつ抱き起こす。
「この人……まだ息がある!」
「こっちもだ。……女の子か?」
「いや、護衛かもしれない。鎧を着てる」
その日、火の輪に、七つの命が流れ着いた。
聖女、神官、騎士、令嬢、姫、そしてその護衛たち。
それぞれが、遠い国から、風に運ばれてきた。
風鈴が、ふたたび鳴った。
その音は、ただの“チリン”ではなかった。
波の音、焦げた木の匂い、そして――
遠くから届いた、誰かの記憶のかけら。
ミミルが、静かにその音に耳を澄ませていた。
「……風が、誰かを連れてきたの~」
今回は、“出会いの予兆”を描く回でした。
火の輪に残っているのは、孝平・ミミル・波留の三人だけ。
その静かな暮らしの中に、七人の来訪者が流れ着く――
それは、まるで風鈴が呼び寄せた“物語のかけら”のようでした。
次回は、漂着者たちが目を覚まし、
それぞれの“名”と“立場”が明かされていきます。
それじゃ、また火のそばで。




