ep.75 貝殻と、海の記憶
朝、棚の上に置かれた貝殻が、かすかに光っていた。
昨日、精霊から届いた“返礼”。
小さな巻き貝、内側に淡い青の光が宿っている。
「……これは、ただの貝じゃないな」
孝平は、そっと手に取った。
指先に、ひんやりとした感触。
その奥に、波の音がかすかに響いた気がした。
「それ、“記憶貝”だよ~♪」
ミミルが、しっぽで◎を描きながら言った。
「海の精霊さんが、大事にしてた“音のかけら”なの~」
「音の……かけら?」
「うんっ。波の音、風の声、舟の軋む音……
そういうのが、貝の中に“残ってる”の~」
孝平は、貝を耳に当ててみた。
ざあ……ざあ……
それは、ただの波音じゃなかった。
遠くで誰かが歌っている。
古い舟歌のような、潮に溶けるような、
懐かしくて、知らない声。
「……これが、“海の記憶”か」
その日、孝平は貝殻を使って、
小さな風鈴を作った。
貝をつなぎ、風の実の芯を通し、
音が響くように組み上げる。
「記憶触媒」
風鈴が、かすかに揺れた。
その音は、ただの“チリン”じゃなかった。
波の音、舟の軋み、誰かの笑い声――
火の輪に、遠い海の記憶が流れ込んできた。
「……この音、好きだな」
波留が、風鈴の下で立ち止まった。
「昔、港町で聞いたことがある。
……あの灯台の下で、誰かが歌ってた」
「記憶が、つながったのかもな」
孝平が、風鈴を見上げる。
「精霊の記憶と、人の記憶。
……クラフトって、そういう橋にもなるんだな」
その夜。
火の輪の空気に、風鈴の音が溶けていく。
ぽぷらんが、しっぽで◎を描いた。
その輪の中に、潮の記憶が、そっと灯っていた。
今回は、“海の記憶”が火の輪に届く回でした。
精霊との交換が進み、
ただの素材ではない“記憶のかけら”が届くようになった。
それを孝平がクラフトに変え、
町の空気に“音”として溶かしていく。
クラフトアルケミストとしての力が、
素材の声だけでなく、“記憶”や“感情”にも触れはじめた。
それは、町の成長であり、彼自身の成長でもあります。
次回は、風鈴の音に導かれて、
新たな来訪者が火の輪を訪れます。
“音”が呼ぶ縁、その先にあるものとは――
それじゃ、また火のそばで。




