ep.74 干す、燻す、残す
朝、焚き火のそばに、竹の棚が組まれていた。
その上には、昨日獲れた魚が並んでいる。
腹を開かれ、塩をすり込まれ、風に揺れていた。
「……いい風だ」
波留が、棚の影で手を組んだ。
「この島、干しには向いてる。
潮が薄くて、風が素直だ。……魚が育つ」
「魚が“育つ”って言うんだな」
孝平が、棚の支柱を締めながら言った。
「ええ。干すってのは、腐らせないためじゃない。
“味を育てる”ための時間です」
「じゃあ、燻製もいける?」
「もちろん。……ただ、煙の質が大事です」
波留は、焚き火の薪を見つめた。
「この島の木、香りが強い。
うまく使えば、いい燻しになる」
「じゃあ、試してみるか」
孝平は、素材共鳴で薪を選び、
小さな燻製小屋を組み上げた。
「……早いですね」
「慣れてるからな。あと、素材が“教えてくれる”」
「教えてくれる?」
「うん。“この木は、煙が甘い”とか、
“この枝は、火を嫌がってる”とか」
波留は、少しだけ目を細めて笑った。
「……面白い人ですね。
でも、そういう感覚、大事にした方がいい」
夕方。
棚の魚は、すこし色づいていた。
燻製小屋からは、やわらかい香りが漂っている。
「……これで、保存がきく」
「うん。これで、火の輪の“食卓”が広がる」
孝平は、干し魚をひとつ手に取った。
「これ、精霊にも分けてみるか」
「いいね~♪ “海の味”のおすそわけ~!」
ミミルが、しっぽで◎を描いた。
その夜。
棚の上に、葉っぱが一枚、そっと置かれていた。
その上には、小さな貝殻が三つ。
「……海の精霊、か」
孝平は、干し魚をもうひとつ棚に置いた。
「また、交換しよう」
風が吹いた。
貝殻が、かさりと音を立てた。
今回は、“保存と加工”がテーマの回でした。
波留の知恵と、孝平のクラフト。
ふたりの手が重なって、火の輪に“食を残す”技術が加わりました。
干す、燻す、分ける、交換する。
それは、ただの保存じゃなくて、
“暮らしをつなぐ”ための工夫なんだと思います。
次回は、精霊との交換がさらに進み、
火の輪に“海の記憶”が届きます。
それが、町の新しいクラフトの種になるかもしれません。
それじゃ、また火のそばで。




