ep.72 海を見る、漁師の目
朝、波留はひとりで浜辺に立っていた。
潮が引き、岩場が顔を出す。
その隙間に、小さな魚の影がちらちらと揺れていた。
「……悪くないな」
彼はしゃがみこみ、手のひらで水をすくった。
冷たく、澄んでいて、どこか懐かしい匂いがした。
「この島、魚はいるのか?」
焚き火のそばで、波留が尋ねた。
「たまに見かけるけど……漁は、まだやってないな」
孝平が答えると、波留はうなずいた。
「なら、やってみましょう。
網も、舟も、少し手を入れれば使えます。
……海があるなら、暮らしにできる」
「漁、か……」
孝平は、火を見つめた。
畑、クラフト、精霊との交換。
そこに“海”が加わるなら――
「面白そうだな。やってみよう」
その日、孝平と波留は、古い舟を引っ張り出した。
イサリが手伝い、ミミルがしっぽで◎を描く。
「この舟、まだ生きてるよ~♪ ちょっと手入れすれば、ぜんぜんいけるの~!」
「じゃあ、まずは底板の補強からだな」
孝平は、素材共鳴を使って木材を選び、
波留は手際よく網のほつれを直していく。
「……手が早いな」
「海の人間は、手を止めると命を落としますから」
波留の指先は、潮風に焼けていた。
でも、その動きは静かで、無駄がなかった。
夕方。
舟は、浜辺に戻された。
底は補強され、網も張り直されている。
「明日、出てみましょう。
この海が、どんな顔をしているのか。
……確かめてみたい」
孝平はうなずいた。
「じゃあ、明朝。風が静かなうちに、出よう」
ぽぷらんが、しっぽで◎を描いた。
その輪の中に、潮の香りがふわりと混じった。
今回は、波留が“漁師の目”で火の輪の海を見つめ、
新しい暮らしの種を提案する回でした。
火の輪は、これまで“陸の暮らし”が中心でしたが、
ここから“海”というもうひとつの資源と向き合っていきます。
波留の静かな観察と、確かな手つき。
それは、火の輪にとっても大きな刺激になっていくはずです。
次回は、いよいよ“初めての漁”へ。
火の輪の舟が、静かな海へと漕ぎ出します。
それじゃ、また火のそばで。




