ep.195 ミナの言葉
夜の帳が下りるころ、
ミナはひとり、火把のそばに座っていた。
咲姫の記録帳の余白に、
自分の手で紙を綴じた。
それは、まだ何も書かれていない、
まっさらなページだった。
筆を持つ手が、少し震える。
でも、逃げる気にはならなかった。
ミナは、そっと書き始めた。
——私は、ミナ。
語ることが、こわかった。
語れば、何かを失う気がしていた。
でも、語らなければ、
何も残らないのだと知った。
私は、火に手を伸ばせなかった。
でも、今なら、
土に触れることはできる。
だから、私は語ります。
逃げたことも、泣いたことも、
それでもここにいることも。
私の声は、小さいけれど、
それでも、ここにあるのです。
筆を置いたとき、
ミナは深く息を吐いた。
火把の灯りが、
その記録をやさしく照らしていた。
そして、足元の土から、
小さな白い芽が顔を出していた。
『土の章・拾伍
ミナの言葉。
沈黙を越えて語られた声は、
土に根づき、
新たな記録の芽となる。
それは、誰かの語りを待つ土壌となる。』
“土の章”拾伍つ目は、ミナの言葉。
火に手を伸ばせなかったミナが、
土に触れ、自分の声を記しました。
それは、誰かに届くための言葉ではなく、
“自分の沈黙に応えるための言葉”。
ミナの語りは、まだ始まったばかり。
けれど、その一歩が、
町の記録に新しい層を加えていきます。
また、次の土で。




