ep.193 語りの芽
町のあちこちに、小さな変化が現れ始めた。
崩れかけた石垣の隙間から、
名も知らぬ草が芽を出していた。
かつての市場跡には、
誰かが並べたように、小石が円を描いていた。
そして、劇場跡の壁には、
風の紋章の隣に、
新しい印が刻まれていた。
——咲姫の記録。
リオは、それを見つけたとき、
胸の奥がふるえた。
「……咲姫さんの言葉が、町に届いてる」
ミナもうなずいた。
「なんか、町が……目を覚ましてるみたい」
咲姫は、少し照れたように笑った。
「私、ただ……思ったことを書いただけなのです。
でも、こんなふうに、何かが動くなんて……」
リオは、記録帳を開いた。
けれど、筆が止まった。
咲姫の言葉を読んでから、
自分の記録が、どこか“遠く”に感じられていた。
「……私の語りって、なんだろう」
ミナも、ぽつりとつぶやいた。
「私も、何か語れるのかな……
逃げてばかりだった私にも、何か……」
咲姫は、ふたりを見つめた。
そして、静かに言った。
「語ることは、火を灯すことなのです。
でも、根を張るには、
その火を“自分の土”に置かなくちゃいけないのです」
リオとミナは、顔を見合わせた。
そして、ふたりとも、ふっと笑った。
町の風が、やさしく吹き抜けた。
その風の中に、咲姫の言葉が、
小さな芽のように揺れていた。
『土の章・拾参
語りの芽。
ひとつの語りが、
他の声を目覚めさせるとき、
記録は連なり、
町そのものが語り始める。』
“土の章”拾参つ目は、語りの芽。
咲姫の言葉が、町に届き、
そして、リオとミナの中にも、
“語りたい”という芽を生み出しました。
語りは、ひとりでは育ちません。
誰かの声が、別の誰かの声を呼び起こし、
そうして、町全体が語り始めるのです。
土の章は、ここから“共に語る章”へと育っていきます。
また、次の土で。




