ep.192 言葉が根づく
翌朝、ミナは広場の片隅で、
咲姫の記録帳を見つけた。
火把のそばに、そっと置かれていたそれは、
夜露に少し濡れていたけれど、
文字はにじまず、しっかりと残っていた。
ミナは、そっとページをめくった。
——私は、咲姫、なのです。
でも、風の咲姫とは、たぶん違います。
私は、火を見て、土に触れて、
ようやく自分の声を見つけました。
その言葉を読んだとき、
ミナの胸の奥で、何かがふるえた。
自分もまた、誰かの名を継いでいるのかもしれない。
あるいは、継がなかった名が、
どこかに置き去りになっているのかもしれない。
ミナは、そっと記録帳を閉じた。
そして、咲姫のもとへ向かった。
「……読んだよ。咲姫さんの言葉」
咲姫は、少しだけ照れたように笑った。
「うまく書けたかわからないのです。
でも、書いてよかったのです」
ミナはうなずいた。
そして、広場の土を見つめた。
そこに、小さな芽が出ていた。
昨日までは、なかったはずの芽。
咲姫も、それに気づいた。
「……これ、私の言葉が……?」
ミナは、そっとつぶやいた。
「言葉って、根づくんだね。
ちゃんと、土に届くんだ」
咲姫は、芽に手を伸ばした。
その葉は、やわらかく、あたたかかった。
『土の章・拾弐
言葉が根づく。
語られた言葉が、
誰かの胸に届き、
土の中で芽を出すとき、
記録は“生きた根”となる。』
“土の章”拾弐つ目は、言葉が根づく。
咲姫の言葉は、誰かに届き、
そして、町の土に静かに応えられました。
それは、記録が“記録”で終わらず、
“生きた根”として残るということ。
土の章は、こうして少しずつ、
語られた言葉と土地の記憶が重なり始めます。
また、次の土で。




