ep.187 重なる足音
町の奥、かつて劇場だったという建物の前で、
リオたちは足を止めた。
扉は半ば崩れ、蔦が絡まっていた。
けれど、壁には今も、
風の紋章がうっすらと残っている。
「ここ……風の章で、咲姫が舞った場所かもしれないのです」
咲姫が、そっとつぶやいた。
その声に、ミナがうなずく。
「なんだか、音が聞こえる気がする……」
「音……?」
リオが耳をすます。
風の音。木々のざわめき。
そして——
コツ、コツ、と。
誰かの足音が、石畳を踏む音がした。
三人が振り返ると、
そこにひとりの老人が立っていた。
背は低く、杖をつき、
風に揺れるような白髪をしている。
「……咲姫?」
老人の目が、咲姫をまっすぐに見つめた。
「……あなたは……?」
「咲姫じゃ……ないのか。いや、でも……声が……」
咲姫は、戸惑いながら一歩踏み出した。
「私の名前は、咲姫……なのです。
でも、あなたの知っている“咲姫”とは……違うのかもしれないのです」
老人は、しばらく黙っていた。
そして、ふっと笑った。
「そうか……そうか。
風は去っても、名は残る。
ならば、君は……“咲姫の継ぎ目”かもしれんな」
リオが、記録帳を開いた。
「あなたは……この町のことを知っているんですか?」
老人は、ゆっくりとうなずいた。
「わしは、風の咲姫が舞った夜を、見ていた者じゃ。
あの夜のことなら……少しは語れるかもしれん」
『土の章・七
重なる足音。
過去の名が、現在の声に重なるとき、
記録は語り手を超えて、
土地そのものの記憶となる。
風の残響が、土の上に足跡を刻む。』
“土の章”七つ目は、重なる足音。
咲姫という名に反応する者が、
ついに物語の中に現れました。
それは、風の章の記憶を知る者。
そして、咲姫という名が“継がれている”可能性を、
初めて言葉にした人物でもあります。
土の章は、こうして少しずつ、
“名の継承”と“記録の重なり”を掘り起こしていきます。
また、次の土で。




