ep.182 はじめての地
丘を越えた先に、町があった。
けれど、それは“町だったもの”だった。
崩れかけた石の門。
蔦に覆われた屋根。
風にさらされた看板の文字は、
もう読み取れないほどに薄れていた。
それでも、リオは足を止めなかった。
ミナも、咲姫も、黙ってその後ろを歩いた。
かつて、ここには風が吹いていた。
語られ、記され、そして散っていった風。
その記憶が、土の奥に眠っている。
広場の中央に、ひとつの井戸があった。
リオは、そっとその縁に手を置いた。
石は冷たく、ざらついていた。
けれど、確かに“残っている”感触があった。
「……ここが、エルシンフォリア」
ミナがつぶやいた。
その声に、誰も返事をしなかった。
ただ、風がひとすじ、通り抜けていった。
咲姫が、荷車を止めた。
「まずは、火を灯すのです。
それから、土に触れるのです」
リオはうなずき、庵の火把を取り出した。
そして、井戸のそばに、そっと火を置いた。
火は、静かに燃えた。
まるで、ここが“受け入れられた場所”であるかのように。
『土の章・弐
はじめての地。
風が去った町に、火を携えて立つ。
そこに残るものと、
これから芽吹くもののあいだで、
土は静かに息をしている。』
“土の章”弐つ目は、はじめての地。
エルシンフォリア——
風の章で語られた町が、
今、土の章の舞台として姿を現しました。
ここには、もう誰もいません。
けれど、誰かがいた痕跡が、
確かに土の中に残っています。
火を灯し、土に触れる。
その小さな行為が、
この町に“根”を張る第一歩になるのです。
また、次の土で。




