ep.176 盗まれた火
記録官ジョナサンは、倉庫の前で立ち止まった。
扉の錠が、壊されていた。
中を覗くと、火把の束が消えていた。
火口も、保存用の油も、すべて持ち去られていた。
彼は、帳簿を開き、指で数をなぞる。
数が合わない。
明らかに、意図的な持ち出しだった。
「……秩序の火が、盗まれたか」
その夜、町の外れに、小さな火が灯った。
誰かが、誰にも見つからないように、
そっと火を燃やしていた。
ジョナサンは、その火を遠くから見ていた。
記録官として、彼は判断を下す立場にあった。
だが、心の奥で、別の声がささやいていた。
——あの火が、誰かを救っているのなら?
——それでも、記録は必要か?
彼は、帳簿に静かに記した。
『秩序の火・拾陸
盗まれた火。
秩序のために備えられた火が、
誰かの手によって持ち去られた。
その火は、秩序の外で燃え、
別の命を照らしたかもしれない。』
筆を置いたあと、彼はしばらく黙っていた。
火は、記録された。
それが、正しかったのかどうかは、
まだ、わからなかった。
“秩序の火”拾陸つ目は、盗まれた火。
火は、奪われることもあります。
それは、秩序を乱す行為であると同時に、
“必要だった誰か”の選択かもしれません。
ジョナサンは、記録しました。
それが秩序の役目であり、
記録官としての彼の火でもあったからです。
火の章は、正しさだけでなく、
“逸れた火”の記録もまた、受け止めていきます。
また、次の火で。




