ep.175 拒んだ火
火把を差し出したとき、
ユリオは、そっと首を横に振った。
「……いらない。僕には、火は必要ない」
咲姫は、少しだけ戸惑った。
けれど、無理には勧めなかった。
「寒いの、つらくないのですか……?」
「うん。でも、火を見ると……
あの夜を思い出すんだ」
ユリオの声は、かすれていた。
彼の目には、遠い記憶の炎が揺れていた。
かつて、彼の家は火事で焼けた。
家族も、思い出も、すべてが灰になった。
それ以来、彼は火を避けて生きてきた。
咲姫は、火把をそっと地面に置いた。
そして、何も言わずにその場を離れた。
ユリオは、火に背を向けたまま、
夜の冷気の中に座っていた。
けれど、彼の隣には、
誰かが置いていった毛布があった。
『秩序の火・拾伍
拒んだ火。
火を恐れ、火を拒んだ者がいる。
その選択もまた、記録されるべき火である。
火の不在が、語るものがある。』
“秩序の火”拾伍つ目は、拒んだ火。
火を持たない選択。
それは、弱さではなく、記憶と向き合う強さかもしれません。
咲姫は、火を押しつけませんでした。
ただ、そっと寄り添い、
火の代わりに、ぬくもりを残していきました。
火の章は、灯された火だけでなく、
灯されなかった火もまた、記録していきます。
また、次の火で。




