ep.16 風に導かれし火の影
火が、妙に落ち着かない。
孝平は、素材録を閉じて火のそばにしゃがみ込んだ。 さっきまで穏やかだった炎が、まるで風に逆らうように、左右に揺れている。
「……ぽぷらん、これって」
「風が変わった。 でも、吹いてないはずの風だよ。 火が先に気づいたんだと思う」
ぽぷらんは、しっぽで灰をならしながら、火の奥をじっと見つめていた。
そのときだった。 空気が、すうっと引いた。
風が吹いたわけじゃない。 けれど、火のまわりの空気が、一瞬だけ“沈んだ”ように感じた。
孝平が顔を上げると、空に、影が差していた。
「……あれは」
火の真上、雲の切れ間から、巨大な翼がゆっくりと降りてくる。
ドラゴンだった。 黒曜石のような鱗をまとい、その背には、三つの影が乗っていた。
火が、ふっと揺れた。 ぽぷらんが、しっぽで火を押さえる。
「来たね。風に導かれて」
ドラゴンが地に足をつけると、その背から、ひとりずつ影が降りてきた。
最初に降りたのは、長い黒髪を風に揺らす少女だった。 その目は、まっすぐ火を見つめている。
「……咲姫」
孝平は、思わず名前を口にしていた。 なぜ知っているのか、自分でもわからなかった。
咲姫は、火のそばまで歩いてくると、静かに言った。
「風が、ここを指していたのです。だから、来たのです。……それだけなのです」
続いて降りてきたのは、腰に二本の短剣を下げた少女。 鋭い目つきで、孝平をじろりと見た。
「……あんたが、火をくべてるの?」
「支倉孝平です。素材を集めて、火を守ってます」
「ふーん。果林。咲姫の護衛みたいなもんよ。 あんたの火、ちょっと気に入らないけど……まあ、見ててやる」
最後に降りたのは、白衣をまとった錬金術師風の少女。 手には素材瓶、腰には試薬袋。
「瑛里華。錬金術師。 この火、素材の反応が面白いわね。 あなた、記録、ちゃんと取ってる?」
「……はい、一応」
「なら、あとで見せて。 火の揺れ方、ちょっと普通じゃないもの」
孝平は、三人の少女を前に、火のそばに立ち尽くしていた。
ぽぷらんが、しっぽで灰をならす。
「火の輪、広がったね。 でも、まだ始まったばかりだよ」
咲姫が、火を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「この火……変わってないのです。 でも、少しだけ、寂しそうなのです」
孝平は、言葉を失った。 その言葉が、どこか胸に刺さった。
火が、ふわりと揺れた。 まるで、咲姫の言葉に応えるように。
火の輪に、風が吹き込む。 記憶の火が、静かに灯る。
次回――「素材録と、黒髪の少女」
咲姫の火が、孝平の記憶を揺らしはじめるのです。




