ep.161 秩序の眼
石板が、静かに閉じられた。
ルミナは、指先で表紙の縁をなぞる。
風の章——と記されたその記録は、
彼女にとって“感情の記録”にすぎなかった。
「……感情は、秩序を乱します」
誰に言うでもなく、ルミナはつぶやいた。
帳簿のように整った文字列。
けれど、そこに記された火は、あまりにも曖昧だった。
焦げ目。耳の揺れ。団子の湯気。
「記録とは、行動の証。
秩序に従う意志の、痕跡であるべきです」
彼女は、懐から新しい石板を取り出した。
表紙には、まだ何も書かれていない。
そのとき、扉の外から足音が近づいた。
氷雨だった。無言で一礼し、報告書を差し出す。
「……異常なし。村跡、無人。火跡、微弱」
「了解しました。記録します」
ルミナは、石板を開き、最初の行を記す。
『秩序の火・壱
巡察開始。
風の記録を確認。
感情の痕跡を排し、行動の記録を開始する。』
氷雨が、ちらりと石板を見た。
「……風の章、否定するのか」
「否定ではありません。
分類です。
“風”は、観測できない。
“火”は、燃えた痕跡が残る。
我々が記すのは、後者です」
ルミナは立ち上がった。
その背筋は、まっすぐで、影すら揺れなかった。
「……ついてきてください。黙って」
氷雨は、無言でうなずいた。
ふたりの足音が、石畳に吸い込まれていく。
新しい章が、始まった。
“風の火”十四こ目、そして風の章の最後の火は、灯り。
風が吹かなくなっても、
誰かが火を灯していれば、
風はまた、戻ってくる。
咲姫の提灯は、小さな火だけど、
それは“迎えるための火”でした。
風の章は、ここでおしまい。
でも、火の記録はまだ続きます。
次の章へ。
また、新しい風が吹く場所で、お会いしましょう。
また、次の火で。




