ep.158 団子をこねる
朝の台所に、粉の匂いが満ちていた。
咲姫は、静かに団子をこねていた。
誰に頼まれたわけでもない。
誰かが来る予定もない。
けれど、手が覚えていた。
あの夜の、火のまわりの温度。
笑い声。
風が揺らした、うさちぁんの耳。
「……もうすぐ、また風が来るのです」
咲姫は、ぽつりとつぶやいた。
粉に湯を注ぎながら、
その記憶を、ひとつずつ手のひらで丸めていく。
窓の外では、風がまだ眠っていた。
けれど、湯気だけが、ふわりと立ちのぼっていく。
「団子は、風を呼ぶのです。
だから、今日もこねるのです」
咲姫は、丸めた団子をそっと並べた。
それは、まるで小さな火のようだった。
『風の火・十二
団子をこねる。
宴のあとも、手は動く。
記憶は、粉と湯のあいだに宿る。』
咲姫は、手のひらを見つめた。
白く粉が残っていた。
それを、そっと拭って、また次の団子をこねはじめた。
“風の火”十二こ目は、団子をこねる。
宴が終わっても、誰かが手を動かしている。
それは、習慣かもしれないし、祈りかもしれない。
あるいは、ただの生活の一部かもしれない。
でも、そこに宿る記憶は、確かに火のようで、
風がいなくても、湯気がそれを運んでいく。
咲姫の団子は、いつも“誰かのため”にあるけれど、
この朝は、少しだけ“自分のため”に見えました。
次は、記録者たちが町を離れる朝か、
風の章の終わりを告げる、最後の火かもしれません。
また、次の火で。




