ep.154 気づいたひと
庁舎の階段に、ひとりの少年が座っていた。
膝を抱えて、空を見上げている。
孝平は、通りすがりに足を止めた。
少年の隣に腰を下ろす。
「どうした?」
「……風、見えないんだ」
少年はぽつりとつぶやいた。
「うさちぁんは、耳で聴けるって言ってた。
咲姫ちゃんは、匂いでわかるって言ってた。
でも、僕には、なにもわからない」
孝平は、しばらく黙って空を見ていた。
雲がゆっくり流れていく。
風が、確かに吹いている。
「俺も、聴こえないよ」
孝平は言った。
「え?」
「風の音も、匂いも、わからない。
でも、こうしてると、なんとなく思うんだ。
“誰かがここを通ったな”って」
少年は、目を丸くした。
「それって……風?」
「たぶんね。
風って、感じるものじゃなくて、
“気づく”ものなんじゃないかな」
孝平は、ポケットから小さな札を取り出した。
昨日、掲示板の下で拾ったものだ。
『風は、気づいた人のそばにいる。』
少年は、それをじっと見つめた。
「……これ、僕が貼ってもいい?」
「もちろん」
少年は立ち上がり、札を胸に抱えて庁舎の中へ走っていった。
孝平は、石板を開いて記した。
『風の火・八
気づいたひと。
風の耳を持たない少年が、
風の存在に、そっと気づいた朝。』
風が、階段をなでるように吹き抜けた。
それは、誰かの背中を押すような、やさしい風だった。
“風の火”八つ目は、気づいたひと。
風の音が聴こえなくても、
匂いがわからなくても、
それでも「ここに風がいた」と思える瞬間がある。
それは、たぶん“気づき”という名の火。
誰かが誰かを思った痕跡に、ふと気づくこと。
それが、風の章の本質なのかもしれません。
次は、風の札を拾った子どもたちの話か、
あるいは、風が通り過ぎたあとの静けさかもしれません。
風の章、まだまだ続きます。
また、次の火で。




