ep.152 宴の残り香
祠の前に、小さな卓が残されていた。
夜の宴の名残。
空になった器、少しだけこぼれた梅酒の香り。
そして、風に揺れる団子の串。
「……ここで、宴があったんだな」
孝平は、卓の縁に手を添えた。
木の表面には、指でなぞったような跡が残っている。
「咲姫ちゃん、昨日ここで団子を供えてたよ」
うさちぁんが、耳をぴょこぴょこさせながら言った。
「果林さんと、風の宴してたの~。
咲姫ちゃん、途中で寝ちゃったけどね~」
ミミルが、卓の上に残された小さな紙片を見つけた。
「……これ、札?」
紙には、手書きの文字があった。
『ありがとう、って言えなかった人に、乾杯。』
孝平は、そっとその札を拾い上げた。
紙は少し湿っていて、風に吹かれていたせいか、角が丸くなっていた。
「……宴の最後に、誰かが置いたんだろうな」
彼は、石板に記した。
『風の火・六
宴の残り香。
団子の香りと、梅酒の余韻。
言えなかった“ありがとう”が、風に溶けていた。』
風が、卓の上をそっと撫でていく。
梅の香りが、ふわりと立ちのぼった。
「宴って、終わったあとがいちばん好きかも」
ミミルが、ぽつりとつぶやく。
「わかる。
誰かがいたってことが、空気に残ってるからな」
孝平は、札を胸元にしまった。
風は、まだそこにいた。
宴の火を、そっと見送るように。
“風の火”六つ目は、宴の残り香。
咲姫たちが囲んだ卓、団子の香り、梅酒の余韻。
そして、言えなかった“ありがとう”の札。
宴って、にぎやかな時間そのものよりも、
終わったあとの静けさに、いちばん“想い”が残ってる気がします。
誰かが誰かを思っていたこと。
それが、風に乗って、次の誰かに届いていく。
次は、まだ拾われていない札か、
それとも、風の道を逆走した誰かの記憶かもしれません。
風の章、まだまだ続きます。
また、次の火で。




