Spks.09:第九問と、最後の選択なのです
王の間は、もはや形を保っていなかった。
エジプトの壁画が剥がれ落ちた先には、昨日ゴミ出しを忘れた指定ゴミ袋が透けて見え、酒フィンクスの背後では換気扇が猛烈な勢いで砂を吸い込んでいる。
砂漠の空と、拠点の天井が、まるで“二枚の皮膚”のようにズレながら重なり、世界が悲鳴を上げていた。
「……では、第九問よぅ~。この灼熱の砂漠で、最も『価値のないもの』は何だよぅ~?」
酒フィンクスの問い。石版はすでに砂となって崩れ、空中に文字が浮かんでいた。
【プラチナ】
【プリン】
【水】
文字は陽炎に揺れ、砂漠と部屋の境界で二重にぶれていた。
新平が、喉の奥から絞り出すように呟く。
「……価値、のないもの……?こんなに暑くて喉が乾いているのに……」
「……新平、惑わされてはダメなのです」
咲姫が、カサカサに乾いた唇で不敵に笑う。その笑みは、砂漠の熱で歪んだ空間に“ひび”を入れた。
「価値とは、その場所のルールが決めるものなのです。この世界は今、部屋と砂漠が混ざっているのです。部屋において、ただの蛇口から出る『水』に、どれほどの価値があるというのです?正解は――『水』なのです!」
正解。
直後、酒フィンクスの天秤が激しく傾き、最後のご褒美が虚空から現れた。
最終セット・第九問の報酬
【二つ名:渇きを知らぬ者】
【おうごん:プラチナ塊(さらなる高密度)】
【水:ナイルの恵み(ただの水道水?)】
光はどれも不穏に揺れ、触れれば人格の輪郭すら変質しそうな圧を放っていた。
「……選ぶよぅ~。これが、運命を分ける最後の選択よぅ~」
うさちぁんが、フラフラになりながら手を伸ばす。
「もう……重いのは嫌だよぅ~。お水……お水が欲しいよぅ~……」
「待つのです、うさちぁん!その水は……!」
咲姫の制止も虚しく、うさちぁんが【水】の光に触れた。
その瞬間。
彼女の手元に現れたのは――どこにでもある『ペットボトルの水』のように見える、しかしラベルの文字が常に“書き換わり続ける”怪しげな液体だった。
「……ふん。水を選んだか。だが忘れるな、ここは王の間よぅ~」
酒フィンクスが、これまでで最も邪悪な笑みを浮かべ、巨大な前足を高く振り上げた。
第十問:世界の崩壊と、最後に残るもの
「では、最後の第十問よぅ~!――このピラミッドが崩れる時、最後に残るのは何だよぅ~!」
酒フィンクスが床を叩いた。
ドゴォォォォォォン……ッ!!
地響きと共に、天井の「太陽」と「シーリングライト」が激突して砕け散る。
砂漠の空が裂け、拠点の天井がめくれ、二つの世界が“混ざり合う”のではなく、互いを押し潰し合い始めた。
そして――
ピラミッドの頂上から、これまで獲得してきた全ての「重み」を凝縮した、巨大な黄金の玉が転がり落ちてきた。
その質量は、砂漠の地平線を歪ませ、部屋の床を軋ませ、空間そのものを沈ませる。
「ちょっ、待ってください!なんですかあの質量は!逃げ場がないですよ!!」
新平が絶叫する。
背後には剥き出しのキッチン。
前方からは、時空を押し潰すプラチナの巨球。
絶体絶命の瞬間――
うさちぁんが持っていた「水」が、異常な反応を始めた。
ペットボトルの中の液体が、光を吸い込み、影を吐き出し、ラベルの文字が高速で書き換わり続ける。
『これは本当に水なのか?』
世界が問いかけていた。




