ep.149 香草茶の湯気
庁舎の奥、札場の隅に、小さな湯気が立ちのぼっていた。
香草茶の香りが、ほんのりと空気をやわらかくしている。
孝平は、そっと足を止めた。
湯気の向こうに、ひとりの女性がいた。
静かに茶を淹れ、干し果物を添えている。
「……あの人が、“美琴”さんかな」
ミミルが小声でつぶやく。
孝平はうなずき、近づいて声をかけた。
「こんにちは。火の記録をしている者です。
少しだけ、お話を聞かせてもらえますか?」
美琴は、湯気の向こうから微笑んだ。
「どうぞ。風の話なら、ちょうどいいお茶がありますよ」
差し出された湯呑みから、
甘くて、少しだけ苦い香りが立ちのぼる。
「……やさしい匂い」
ミミルが目を細める。
「風は、数字ではありません。
でも、数字が風の通り道を照らすこともあります」
美琴は、誰にともなくつぶやいた。
孝平は、石板を開き、そっと記した。
『風の火・三
香草茶の湯気。
静かな場所に、風が立ち寄る。
数字は、風の影を映す灯り。』
湯気が、ふわりと揺れた。
それは、風が通り過ぎた合図のようだった。
「……この町、いいね」
孝平がつぶやく。
「うん。火の町とは、違うけど、似てる」
ミミルが、湯呑みを両手で包んだ。
風の味が、胸の奥にしみていく。
“風の火”三つ目は、香草茶の湯気。
言葉にしづらいけど、確かにそこにあったもの。
湯気のように、ふわりと立ちのぼって、
風に乗って、誰かの記憶に触れていく。
数字は風じゃない。
でも、風の通り道を照らす灯りにはなれる。
そんな言葉を、美琴さんからもらいました。
次は、焼きおにぎりの焦げ目か、
それとも、風の耳を持つ誰かの足音か。
風の章、まだまだ続きます。
また、次の火で。




