ep.142 名の種、火の輪のまわりに
朝の光が、火の輪をやさしく照らしていた。
孝平は、火壺を手に町の小道を歩いていた。
その後ろを、昨日の三人が静かについてくる。
「ここが、井戸。
水は浅いけど、ちゃんと飲めるよ」
「こっちは、畑の跡地。
まだ何も植えてないけど、土は悪くない」
青年が、そっと土に手を触れた。
「……あったかい。
誰かが、ここを耕してたんですね」
「うん。前にいた人が、少しだけ畝を作ってた。
でも、名を持たずに去っていった」
少女が、井戸の縁に腰を下ろした。
「ここって、誰が何をしてもいいの?」
「うん。
でも、“何をしたか”は、火が見てるよ」
孝平の言葉に、少女は目を丸くした。
「火が……見てる?」
「火は、ただ燃えてるだけじゃない。
誰がどんなふうに火を使ったか、ちゃんと覚えてる。
だから、嘘はつけないんだ」
旅人が、初めて口を開いた。
「……なら、俺は、火に何を見せればいい?」
孝平は、少し考えてから答えた。
「まずは、火のそばにいてみて。
何かを燃やしたくなったら、
そのとき、火が教えてくれると思う」
青年が、ふと顔を上げた。
「俺、畑をやってみたいです。
火のそばで、何かを育ててみたい」
「いいね。
火と土は、相性がいいから」
少女が、井戸の水をすくって、手のひらにのせた。
「私は……水を運ぶよ。
火が燃えるには、水も必要でしょ?」
孝平は、うれしそうにうなずいた。
「それぞれの火が、少しずつ灯ってきたね」
旅人は、黙って火の輪を見つめていた。
その目の奥に、まだ言葉にならない何かが揺れていた。
“名を持たぬ者たち”が、
エルシンポリアの中で、それぞれの“種”を見つけ始めました。
名を得ることは、
誰かに与えられるものではなく、
**自分の手で、火を灯すことから始まる**。
次回、旅人の沈黙が、ひとつの火を揺らします。
Von Voyage――名の種が芽吹く、火の町の朝に。




