ep.141 火の輪のそば、名のない夜
その夜、火の輪のまわりに、五つの火壺が並んだ。
孝平とミミル、そして新たにやってきた三人。
それぞれが、火のそばに腰を下ろしていた。
「……あったかいな」
少女が、火を見つめながらぽつりとつぶやく。
「名前なんて、いらないって思ってたけど、
こうして火を囲んでると、
なんか……“呼ばれたい”って思う」
孝平は、火壺に薪をくべながら答えた。
「俺も、そうだったよ。
名なんて、ただの記号だと思ってた。
でも、誰かに呼ばれて、
その声に応えたくなるときがあるんだ」
青年が、火を見つめたまま口を開いた。
「俺は、ずっと“影”って呼ばれてた。
本当の名前なんて、誰にも教えられなかった」
「それでも、ここに来たのは、
“誰かに呼ばれたい”って思ったからかもしれない」
旅人は、黙って火を見つめていた。
その目は、どこか遠くを見ているようだった。
ミミルが、そっと言った。
「火って、不思議だよね。
誰のものでもないのに、
誰かのそばにあると、安心する」
孝平は、うなずいた。
「だから、この町には火が必要なんだ。
名を持たない人も、名を探す人も、
火のそばで、少しずつ“自分の形”を見つけていけるように」
風が、火をやさしく揺らした。
その揺れは、まるで“うん”と頷いているようだった。
少女が、ぽつりとつぶやいた。
「……もし、私に名前がつくなら、
どんな音になるんだろう」
孝平は、火を見つめながら答えた。
「それは、君が決めるんだよ。
この火のそばで、君が選んだ言葉が、
君の名になる」
夜が、深まっていく。
火の輪のそばで、五つの影が、静かに揺れていた。
“名を持たぬ者たち”が、火の輪のそばで過ごす最初の夜。
名を持たないことの痛みと、
名を得ることへの小さな希望が、
火の揺れの中に浮かび上がりました。
エルシンポリアは、まだ始まったばかりの町。
けれど、こうして火を囲むことで、
少しずつ“名のかたち”が生まれていく。
Von Voyage――名のない夜に、火が灯る。




