ep.137 火の輪、名を問う
風の橋の終わりに、ひとつの光があった。
それは、空間の中心に浮かぶ“輪”。
燃えさかる炎ではない。
けれど、確かに火の気配があった。
孝平は、足を止めた。
ミミルも、そっとその隣に立つ。
「……これが、火の輪」
「うん。ここが、すべての火が集まる場所」
風が止み、空気が静かになる。
そのとき、どこからともなく声が響いた。
「名を持たぬ者よ。
おまえは、火を運び、火を守り、火を継いだ」
「問う。
おまえは、この火に名を与えるか?」
孝平は、火の輪を見つめた。
その光は、どこか懐かしく、あたたかい。
けれど、同時に、逃げ場のない問いを突きつけてくる。
「名を与えるって……俺に、そんなことができるのか?」
「名は、形を与える。
形は、道を定める。
道は、火を導く」
「名を与えれば、この火は“おまえの火”となる。
だが同時に、“おまえの責任”となる」
孝平は、火壺を抱えたまま、ゆっくりと目を閉じた。
思い出す。
トモエの継ぎ火。
ミミルの言葉。
カイの静かなまなざし。
そして、名を持たぬ自分自身の旅。
「……俺は、まだ何者でもない」
「でも、火を見てきた。
誰かの火を守る人たちの姿を、たくさん見てきた」
「その火が、俺の中にもあるなら……
俺は、それを信じたい」
火の輪が、かすかに揺れた。
まるで、彼の言葉に応えるように。
「ならば、次の問いを与える」
「おまえが灯したい火は、どんな名を持つ?」
孝平は、はっとして目を開けた。
「……まだ、わからない」
「でも、きっと、あるはずだ。
俺が歩いてきた道の中に、
その名のかけらが、落ちてる気がする」
「ならば、拾い集めよ。
火は、名を待っている」
風が再び吹き始めた。
火の輪が、ゆっくりと回転を始める。
孝平は、深く息を吸い込んだ。
「……もう少しだけ、考えさせてくれ」
「俺の火に、ふさわしい名を――
ちゃんと、自分で選びたいんだ」
「よかろう。
火は、待つ。
名を持たぬ者が、名を得るその時を」
光が静まり、風が遠ざかる。
孝平は、火の輪の前に立ち尽くしたまま、
胸の奥にある“名のかけら”を探し始めていた。
火の輪との対話。
孝平が“名を問われる”ということの重さに向き合う回でした。
名を与えることは、ただの命名ではなく、
**責任と意志を引き受ける行為**。
次回、昼の章・最終話。
孝平が選ぶ“名”が、火の輪に宿ります。
Von Voyage――名を問う声に、答える時。




