ep.136 風の橋、問いの前に
風の塔の最上層。
孝平とミミルは、透明な橋の上に立っていた。
橋は、空に浮かぶように伸びていた。
足元には雲が流れ、遠くには火の輪の光が、かすかに揺れている。
「……あれが、火の輪の中心?」
孝平がつぶやくと、ミミルはうなずいた。
「うん。でも、あそこに行ったら、もう戻れないかもしれないよ」
「戻れない?」
「うん。名を問われるって、そういうことだと思う。
一度、自分の名を選んだら、もう“誰かの名”には戻れない」
孝平は、黙って前を見つめた。
風が吹き抜け、火壺の火がかすかに揺れる。
「……トモエ、すごかったな」
「うん。あの火、きれいだった」
「でも、あれを見て、ちょっと怖くなった」
「怖くなった?」
「うん。俺、まだ“自分の名”が何なのか、わかってないからさ。
選ぶってことは、何かを捨てることでもあるだろ?
それが、ちょっと……怖い」
ミミルは、そっと孝平の手を握った。
「でも、選ばなくても、火は灯るよ。
トモエだって、最初から“自分の名”を知ってたわけじゃない。
ただ、火を守って、歩いてきたから、
あの羽根が降ってきたんだと思う」
孝平は、ミミルの手を見つめた。
その小さな手の中にも、確かな火があった。
「……ありがとう。
俺、もう少しだけ、歩いてみるよ。
この橋の先に、何があるのか。
それを見てから、決めたい」
「うん。私も、いっしょに行くよ」
ふたりは、再び歩き出した。
風の橋が、かすかに揺れる。
その先にあるのは、名の根源。
火の輪の中心。
けれど今はまだ、
ただ、風の中を歩いていく。
昼の章、最終三部作の第一話。
“名を問われる”ということの重さと、
その前に立ち止まる孝平の揺らぎを描きました。
名を選ぶとは、過去を手放すことでもあり、
未来を引き受けることでもある。
次回、いよいよ火の輪の中心へ。
“名を問う声”が、孝平に届きます。
Von Voyage――風の橋を渡る、その先にある問いへ。




