ep.135 風の塔、名の根源
風の塔の最上層。
空に近いその場所は、雲の中に浮かぶような静けさに包まれていた。
「……ここが、“名の根”か」
孝平は、足元に広がる螺旋の紋を見下ろした。
風が、彼の髪をやさしく撫でる。
「名を問うって、どういう意味なんだろうな」
「名乗ることと、名を持つことは、違うってことかも」
ミミルが、塔の縁に腰を下ろしながらつぶやいた。
「トモエの火、見たよ。あれは……すごかった」
「うん。あれは、彼女の“決意”だった」
孝平は、そっと火壺を抱え直す。
「俺も、そろそろ……自分の“名”を見つけないといけないのかもな」
そのとき、塔の中央に風が渦を巻いた。
空気が震え、螺旋の紋が淡く光り始める。
「来た……!」
風の中から、ひとつの声が響いた。
「名を問う者よ。
おまえの火は、誰のために灯る?」
孝平は、目を細めて風を見つめた。
「……誰かのために、って言いたいけど」
「たぶん、今はまだ、自分のためだ」
「ならば、問う。
おまえは、“名を持たぬ者”として、何を選ぶ?」
風が、彼の周囲を巡る。
火壺の中の火が、風に煽られて揺れた。
「俺は……」
「自分の目で見て、自分の足で歩いて、
その先で見つけたものを、信じたい」
「魔法も、名も、火も。
全部、誰かの言葉じゃなくて、
自分の体で確かめてから、選びたいんだ」
風が、ふっと止まった。
「……ならば、進め。
おまえの名は、まだ定まらぬ。
だが、歩む者には、いずれ“名”が宿る」
風が収まり、塔の中央に一本の道が現れた。
それは、空へと続く、透明な橋だった。
「……行こう」
孝平は、火壺を抱えたまま、橋を渡り始めた。
その背に、ミミルがそっと声をかける。
「ねぇ、孝平」
「うん?」
「“名”って、きっと……自分で選ぶものじゃなくて、
歩いた道が、自然と教えてくれるものなんだと思う」
孝平は、振り返らずに笑った。
「だったら、俺は――
この道の先で、ちゃんと聞いてみるよ。俺の名を」
風が、ふたりの背中を押した。
風の塔の最奥で、孝平が向き合ったのは“名の根源”。
トモエの継ぎ火が、彼の中にも静かな火を灯したようでした。
名を持つこと、名を選ぶこと、名を問うこと。
それは、誰かの言葉をなぞることではなく、
自分の歩みの中で見つけていくもの。
次回、昼の章・最終話。
火の輪の“名”が、ついに明かされます。
Von Voyage――風の橋を渡る、その名の先へ。




