ep.134 第四の扉、トモエの継ぎ火
名の回廊の奥、
ひとつの扉が、赤い光を帯びて揺れていた。
「……あれは」
ミミルが目を丸くする。
「トモエの番だな」
カイがぽつりとつぶやく。
「……行ってきます」
トモエは、火壺をそっと置いて、扉に向かった。
扉の向こうは、灰色の祭殿だった。
天井の高い空間に、
無数の火壺が並んでいる。
その中央に、
ひとつだけ灯った火があった。
「……この場所」
トモエは、そっと歩み寄る。
「“継ぎ火の間”」
どこからか、声が響いた。
「ここは、名を継ぐ者が通る場所。
火を守る者は、名を受け継ぎ、
次の者へと渡す」
「あなたは、“トモエ”を継いだ」
「でも、それは“あなたの名”ではない」
「……わかってる」
トモエは、火を見つめたまま答える。
「でも、私はこの名で呼ばれてきた。
この名で、火を守ってきた。
それが、私の役目だと思ってた」
「では、問います」
「あなたは、“自分の名”を望みますか?」
トモエは、しばらく黙っていた。
火が、ゆらりと揺れる。
「……わからない」
「でも、もし“自分の名”があるなら、
それを知って、選びたい」
「継いだ名に、感謝してる。
でも、私は“私の火”を灯したい」
その瞬間、
火がふわりと舞い上がり、
ひとつの赤い羽根が、トモエの手のひらに落ちた。
それは、彼女の“名のかけら”だった。
回廊に戻ったトモエは、
火壺のそばにしゃがみ込み、
そっと羽根を火にかざした。
「……この火は、もう“誰かの火”じゃない。
私の火だよ」
火が、やさしく揺れた。
第四の扉は、トモエの記憶。
“名を継ぐ者”としての誇りと、
“自分の名を選びたい”という静かな願い。
彼女が手にした赤い羽根は、
その決意の証のようでした。
火を守る者が、
自分の火を灯すとき――
火の輪は、またひとつ強くなります。
次回は、昼の章の締めくくり。
風の塔の最奥で、火の輪の“名”そのものが問われます。
Von Voyage――継ぎ火の間にて、名を選ぶ。




